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短編集28(過去作品)

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 実際に大きくなった今でさえ、消防車のサイレンの音を聞くと、その時の光景を思い出す。やっちんの表情を思い出し、瞳に写ったオレンジ色の炎が目を瞑れば瞳の奥によみがえってくるのだ。
「やっぱりあの子は危ない子だったんですわね」
「どうやら、あの子の火遊びが原因だったようね」
「おばあさんと二人暮らしだったらしいけど、大丈夫なのかしら?」
「あら? ご両親は?」
「二人とも出張の多い仕事をされているみたいで、今も出張中らしいんですけど、この話を聞いたらさぞやビックリされるでしょうね」
 野次馬からそんな話を聞かされていた。両親がなかなか家に帰ってこなくて、おばあちゃんと二人で住んでいたということは聞いていた。そういう意味で、危ない遊びをして目立ちたいという気持ちになるのだということも何となくだが理解できていたつもりだ。
――ああ、やっぱりこんなことになるんじゃないかと思っていた――
 という思いがある反面、やっちんのその時の炎を見ている表情が理解できない。一体何を考えていたのだろう?
 表情から想像できる心境は何もない。ただ呆然と立ちすくんでいたように見え、無表情だったことから、何も考える余裕がなかったようにも感じる。しかし、瞳の奥を見る限り、何も考えていなかったとは思えない。
――もし、私が同じような状況に陥ったらどうなるだろう――
 という思いが私を襲う。やっちんの横顔を思い出すたびに、考えさせられるのだ。
 燃え盛る炎はバチバチという音を立て、建物をオレンジ色に覆いつくす。しばらくすると、すべてを焼き尽くし、かすかな煙が燻ぶったようになるだろう光景が、その時すでに浮かんでいたような気がする。
 やっちんが、それからどうなったのか分からない。しばらくして、転校していったのだ……。
 私がこの街を離れて住むようになったのは、父親が郊外に家を建てたからだ。小学校の卒業を控えた冬のことだった。卒業までは何とか今までの小学校にいけるようだったが、中学からは、完全に知らない街での生活になる。
 この街を離れることは私にとってかなり複雑な心境だった。
 まず、友達と離れることが、住み慣れた街を離れるということで一番悲しいことだった。何しろ、皆小さい頃から一緒で、自然にできた友達だったからである。皆そのまま同じ中学に進むので、ほとんど違和感なく行けることを楽しみにしていた。それがいきなり中学からまったく知らないところでの生活となることに大きな不安があったのだ。
 私はあまり人に話しかける方ではない。友達の中でも目立たない方で、下手をすればその他大勢に埋もれてしまう。本当はこの性格が自分の中で一番嫌いなはずなのだが、居心地がよかったりもする。十歳代前半の少年としては、あまり冒険心のある方ではなかっただろう。それだけに、知らない土地への不安が日に日に募っていくのだった。
 だが、反面、心機一転で友達ができるという思いもあった。都会の生活は嫌いではなかった。しかし、煙突の黒煙ばかりを眺めての生活にウンザリしていたのも事実で、父も母も二言目には、
「こんなところにいたんでは、身体を悪くするわ」
 と言っていた。
 事実、友達の中には喘息で苦しんでいる者もかなりいた。
「やっぱり、この街の公害が原因なのよ」
 口々に大人は噂している。小学生の私でも、その話に信憑性を感じ、公害の恐ろしさを無意識に感じていたことだろう。身体のためには、郊外への転居はいい結果をもたらすに違いない。
 田舎に転校してからの私は、転校したからといってそれほど変わったことはなかった。急に性格が変わるわけでもなく、確かに転校した当初は、
――都会からやってきた転校生――
 という好奇の目で見られていたかも知れない。だが、それも気にしなければどうってことなく、元々他人の目を気にする方ではない私には、関係のないことだった。
 友達も最初はできなかったが、半年しないうちに一人二人と増えてきて、いろいろな話をするようになっていた。元々、中学では、みんなでつるんでいるということはなく、数人のグループができている程度であった。あまり目立たないので誰々がどこのグループというのは見た目分からないが、自分も友達ができてグループができると、自然と見えてくるようになっていった。
――田舎には都会にない匂いがする――
 都会で感じたシンナーのような匂い、田舎にはそんなものは存在しない。親が建てた家のあたりも新興住宅街として宣伝を大々的にしてはいるが、まだそれほど浸透していない。
 家が建っていてもそれはまばらで、学校もまだ近くにはない。バスで最寄の駅まで出てから、電車通学となるのだが、それも新鮮で嬉しかった。
 元々何もないところに家を建て、山を切り開いて作ったような街なので、電車の乗り降りもあまり人がいない。路線自体にあまり学校もないため、いつも通勤通学の時間といえども電車が空いていた。
 ゆっくりと座っての通学は、眠気を誘うことも結構あった。電車で大体四つほどの駅なのだが、私の中ではかなりの時間、電車に乗っているような気分になる。時間としては三十分もなく、まわりの景色もあまり変わり映えのするものではなかった。
 途中、川が電車に平行して走っている。川の向こうに道路があって、どうやら都会への幹線道路のようなのだが、通勤通学時間といっても、あまり車がつながっているところを見たことがない。せめて信号や踏み切りで止まっている数台の車を見る程度だ。
 少し遠くには小高い山が連なっていて、帰りなどは夕日が山に沈んでいく光景を見ることができる。眩しさでブラインドを下ろす人も多いが、私はわざと夕日を見つめていることが多い。
 こちらの夕日は、都会で見た夕日よりも同じオレンジ色でも鮮やかな感じがする。
 いつも工場からの黒煙を見せ付けられて、鼠色の空ばかり見てきたせいだろうか、田舎の空がとても鮮やかだ。近くに山などなかったこともあって、緑という色を意識したことなどしばらくなかったように思う。緑の代わりに感じた鼠色という色、今から思えば不思議な色だ。
「何を混ぜたらあんな色になるんだろう?」
 小学生の頃、写生をしていたこともあって、友達と話したことがあった。写生は一人でしたことなどなく、友達に誘われてすることが多かったが、その時にお互いに、目の前に広がった黒煙が鼠色に吸い込まれていく光景を不思議な気持ちで眺めていたことだろう。私の質問に友達は頷いていたが、答えは出なかった。もっとも私も答えなど期待していない。簡単に答えが出るものでないことは、一番私が分かっていたからである。
 家に帰る途中、ごみ焼却炉があった。そこから吐き出される煙を見ると、初めて小学生の頃のことを思い出す。さすがにシンナーの匂いや、鼠色の空があるわけではないが、まっすぐに上がっていく煙を見ていると、風がないのかと思えるほどだがそうではない。
――都会で感じた思いと同じだ――
 と感じるが、吸い込まれる空は鼠色ではなく、鮮やかな青、いや、夕日が沈みかける時間なので、青というよりも薄いオレンジがエッセンスとして着色された空である。
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次