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短編集28(過去作品)

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――誰かがいるような感じがする――
 気配をハッキリと感じるわけではないが、暖かさは人の気配と同様ではないだろうか。かすかに匂いも感じられる。それが甘酸っぱい女性の香りのような気がして仕方がない。
 赤石は女性の香りというものを最近知った。大学に入学すると、これほど開放感に襲われるものかと思うほど、まわりには人がいるのだ。もちろん女性もいっぱいいて、高校時代とはまったく違った世界が目の前に広がっている。
 サークル勧誘に来た女性と喫茶店へと行き、そこでコーヒーを飲みながらいろいろな話を聞いていた。赤石は女性と二人で喫茶店に入ることも、正対して話を聞くこともなかった。高校まで担任といえばすべて男の先生で、クラスメイトの女性ともまともに話したことがなかった。
 女性を意識しないわけではなかったが、きっと二人きりになると話題がないのが分かっていたからだ。女性がどんなことに興味を持っているかなど、分かるはずもなかった。
 喫茶店でコーヒーを飲むなどそれまでにはなかったことだ。喫茶店というのは、勉強の気分転換に、部屋にこもりきりになっている自分を解放する時、勉強する場所として使ったことがあるくらいだ。コーヒーは眠気覚まし、それくらいにしか考えていなかった。
 喫茶店でどんな話をしたか覚えていない。サークル自体訳の分からない団体で、まさに大学というところはいろいろな人がいるんだというころを思い知らされるようなところだった。一生懸命に聞いているつもりだったが、きっと上の空だったのだろう。後で我に返って思い出そうとしても思い出せるものではなかった。
 汗が滲んでいたのを覚えている。まだ五月だったように思うが、その日は特別に暑い日で、七月のような気温だったのではなかろうか。それだけに朝からおかしな気分でいたような気がする。
 もちろん赤石が汗を掻いているということは相手の女性も汗を掻いているわけで、喫茶店で話している時に、時々ツンという臭いが鼻をついた。漂ってくるというよりも、刺すような臭いである。
 女性の名前は吉田早苗といった。最初から早苗さんと呼んでいた記憶があるのは、出会ってからすぐに行った喫茶店からの展開が早かったからだろうか、それとも最初に頃のことを忘れるくらいに、その後の体験が衝撃的だったからだろうか、きっとそのどちらもであろう。
 彼女は三年生で、サークルでは部長をしていた。さすが理解に苦しむサークルの女性だけあって、話していることを理解するには難しいようだった。最初から理解しようなどとせず、とりあえず話しだけを聞こうと思ったのは正解だったようだ。
 冷静な目で見ていれば相手がどれだけ熱心に話しているかが分かるというもので、哀しいかな一生懸命に話すわりには、内容がまったく伝わってこない。無駄な努力を続けている早苗がいとおしくなってくるのも男の性、気の毒な気持ちと、今まで正対したことのない女性が目の前にいるという気持ちとで複雑だった。冷静な自分がいる反面、ドキドキして冷静になれない自分がいるのだ。
 最初は冷静な自分が強かった。しかし、そのうちに鼻をつくような汗の臭いとは少し違った甘酸っぱい香りがしてくるのを感じた。コーヒーの香ばしい香りとも違う甘酸っぱさ、その時はそれが女性特有のフェロモンであることに気付かなかった。
 いや、気づいていたのかも知れないが、楽しむだけの余裕がその時の赤石にあったかどうかは定かではない。時間が経つにつれ、精神的な余裕ができたと思うと、今度はいろいろなことを考え始めたのだ。中には妄想のようなものを感じていたかも知れない。目の前の女性との甘い香りに誘われたような気持ちになっていたとしても、それが想像を楽しんでいたのかどうかというのは別である。
 香りに酔っていたことは間違いないだろう。コーヒーの香り自体にも魔力があり、甘酸っぱい香りをさらに頭の中で誘発する。そんな思いを抱きながらその場の雰囲気の中に漂っていたのだ。
 それから、気がつけばレシートを奪うように手に取った早苗の後ろを、ただついていった。あまりにもレシートを掴む時の印象が強く残っているようで、ハッキリとは見たわけではないその時の表情を想像することができない。わざと顔に目を向けないようにしたように思うくらいだ。
 グイグイ引っ張るようにして早苗は赤石を誘導する。がっしりと手を繋ぎ、引っ張っていくのである。行き先は最初から分かっていたように思うのは、後から考えてだからだろうか。握っている手の平にグッショリと汗を掻いている早苗を感じた。大きな脈を打っているのも感じる。引っ張りながら赤石の顔を見ようとしない早苗は、緊張しながらだが自分の決意に向って、ただ歩き続けるだけだった。
 行き先はホテルの一室である。今までに入ったこともなく、どんな風になっているのか興味津々だったが、ホテルに入る頃には、ある程度の気持ちに余裕があった。この状況を理解するまでの余裕はなかったが、この状況を楽しもうという気持ちが出てきたのは事実だった。
 部屋に入るなり、いきなり唇を塞がれたのにはビックリした。しかし、まったく想像していなかったシチュエーションではない。今まで妄想の中では十分に想像できたところである。そんな状態に酔いながら、赤石は貪るように目の前の女体を思い切り引き寄せ、抱きしめていた。
 身体が宙に浮いたような感じだった。
 以前、飛行機に乗って乱気流を味わったことがあったが、あの時がそんな感じだった。エレベーターの感覚を思い出したがそれどころではなく、次の瞬間には本当に身体が吹き飛ばされそうな衝撃だった。シートベルトがあるので、衝撃だけで済んだが、もしなかったらどんな感覚になっているだろう? きっと失神してしまうかも知れない。
 官能によってもたらされる快感とは比べものにならないかも知れないが、高まってくる快感は自然なもので、身を任せていると、とどまるところを知らないだろう。その日、絶頂というのを初めて知った……。
 高いところから飛び降りた時、地面に叩き付けられる前に絶命するという話を聞いたことがある。失神するほど身体に圧力がかかり、加速していく勢いに内臓が耐えられなくなるものだという。叩き付けられた衝撃を感じることもなく絶命できるというので飛び降り自殺が多いという話も聞いた。
 どこまで信じていいか分からない。噂の出所の信憑性もないし、第一、死んだ人しか分からないことなので、信じられるかどうかは、説得力に掛かっている。
 少なくとも赤石に対して説得力はあった。確かに落下速度に耐えられるはずもなく、内臓が圧迫されるのも分かる。まんざら信じられないものでもない。
 それにしてもどこからの話なのだろう?
 学者が科学的に分析してはじき出した緻密な計算によるものなのだろうか。しかし、実際に飛び降りたわけでもないのに、そのまま信じて痛みを感じないと思って飛び降りる人ばかりなのだろうか。不思議な感覚である。
 自殺にもいろいろな方法がある。飛び降り自殺はもとより、首吊り、ナイフなどで手首を切る、列車への飛び込み。さらには睡眠薬などの薬物……。
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次