短編集28(過去作品)
今、会社では計画して行わないとうまく行かない部署に所属しているため、計画性が学生時代の頃よりあるかも知れない。だが、それはあくまで仕事上でのこと、それ以外はいつも適当にやっていて、適当に収まっている。
だから待ち合わせにも、いつもゆとりを持っている。ゆとりを持っていないと焦りをともなうのである。それが自分の中の余裕だと感じていないのが不思議なのだが、まわりも私が余裕あるタイプの人間だと思っていないだろう。
「自分のやり方に頑固なところがあるね」
仕事のやり方一つをとっても、最初に始めたやり方以外はなかなか馴染めない。人のやり方があったとしても、自分のやり方に変えてやろうとする。上司から見れば、実に困った部下なのだろう。自分でもそう思う。
――こんな部下がいたら、きっとやりにくいだろうな――
と、たまに思うのは、それだけ上司の視線を露骨に感じるからである。
私は人の視線を露骨に感じる方で、あまり見られたくないと思いながら、自分の性格を変えようとはしない。二重人格というべきだろう。頑固だと言われるゆえんはそこにあり、それをまんざらではないと思っている自分が恨めしくなる時もある。
美咲がやってきたのは、すぐに分かった。
暗いところから明るいところはすぐに分かる。表からはこちらがよく見えているのだろう、美咲がこちらに向って手を振っている。表情まではハッキリと分からないが、きっとニコニコしているだろう。今まで甘えてきた時の美咲の顔が思い浮かんだが、はしゃいでいる表情はあまり記憶にない。
――まわりの人に恥ずかしくないのだろうか――
元々、まわりの目を気にするタイプではなかったが、奇抜な行動をすることもなかった。もう学生時代ではないのだ。人目が気になりそうなものである。
出会って最初の一言を考えていなかった私は、呼び出したがいいが、何となく違和感があった。
言葉が出てこない。何から切り出していいか分からない。
「最近どうだい? 仕事は忙しいかい?」
といったありきたりな質問から入るしかなかった。
「ええ、そうね、でも充実はしているわ。それなりにね」
「そっか、それはよかったね」
「あなたの方はどうなのよ。呼び出したんだから何かお話があったのかしら?」
「これといってないんだけど、今、誰かと付き合っているのかい?」
一番気になる質問をいきなり浴びせるのも、他に話題のない証拠である。
「いいえ、結局あの時に付き合おうと思った方とも、結局はお付き合いしなかったわ」
「どうしてだい?」
「何かが違うの。私の中で納得できない何かがあったというのかしら。私はある程度の納得がいかない付き合いはしないのよ」
では、私に対しては納得があったということだろうか?
「じゃあ、僕ならよかったということかな?」
「ええ、あなたとは、違和感を感じなかったわ。あなたは紳士だし、私の想像していた通りの人なの。きっと、今のあなたも、私が考えているような人だと思うわ」
「喜んでいいのかな?」
思わず笑みが零れた。苦笑いというより、心から美咲をいとおしいと感じたからだ。
「ええ、喜んでいいと思いますわ。あなたといると落ち着くのは変わらないし、私にとってあなたは、実に分かりやすい方なのですから」
最初に現われた時に、手を振っていたやんちゃな彼女の姿が思い出された。
「あなたとだったら、色々な話ができるのよ」
と言っていた美咲の表情そのままだったように思う。
適度な距離を保ったままここまで来たが、また時々会ってみたいと思う。それは距離が縮まるという気持ちではない。会っていない時も絶えず美咲のことが頭にあって、そのためか、かなり久しぶりなのに、最近もずっと会っていたような錯覚に陥るから不思議だった。
会話はそれから他愛もない話へと移り、気がつけばかなりの時間が経っていた。今まで同様、時間の感覚が麻痺してしまうほど、内容よりも気持ちの昂ぶりが激しく、喉はカラカラに渇いてしまい、そんなことも気付かぬほど会話に集中していた自分に気付き、思わず苦笑いをしてしまう。そんなことは久しくなかったことだった。まるで微熱がある時を思い出していた。
今まで価値観が同じ人とばかりの会話だったような気がする。会社で仕事をしている連中は、同じような価値観の元に仕事をしていたので、スムーズに仕事ができていいのだが、何となく物足りなさを感じる。しかし明らかに価値観が違うと感じている美咲は、却って新鮮で、自分が求めている人であるように思えて仕方がない。だから、気持ちで惹きあうと思っているに違いない。
それが私には嬉しかった。美咲にしてもそうだろう。これからも、会える時には会いたいと思いながら、しかし、次に会う約束をすることもなく、その日は別れた。きっと近いうちに会うことを自分の中で確信していた。
電車に乗って、近くの駅まで帰ってきた時は、すでに午後九時を回っていて、久しぶりに遅くなったような気がして仕方がない。仕事で遅くなる分には午後九時でも、それほど遅くなったという気はしないのだが、なぜ、今日に限ってそう思うのだろう。
――いつもにくらべて人が少ないように感じる――
気のせいかも知れない。だが、明らかに道を照らしている街灯が暗く感じるのだ。
途中からいつも変える道と一緒になるのだが、それは、いつも降りる駅の前を通るからで、駅の入り口は閑散としていて、駅の入り口には大きく、
「人身事故発生のため、本日は列車復旧の見込みが立っていません。ご迷惑をおかけしています」
と書かれていた。
どうやら、事故はかなりひどいものだったようだ。
そして、人身事故に遭った人は、年齢が私と同じくらいのサラリーマンで、どうやら、病院に運ばれたが、危篤らしい。身元を示すものが、いくつか書かれていて、誰か知っていれば名乗り出てほしいと書かれている。身につけているネクタイや、スーツの色、そしてカバンも自分が好んで身につけるものに似ているのが、非常に気持ち悪く感じられた。
なるほど、閑散としているはずである。利用者がいないから当たり前のことで、
「誰もいない駅を見るなんて、あまりあることじゃないな」
と独り言を呟きながら、家路へと向っていた。
それにしても午後九時といえば、仕事で忙しい時はまだ、宵の口である。
――中途半端な時間というのが、これほど気持ち悪いものとは思わなかった――
まるで深夜のような気分である。眠気が襲ってくるが、それは仕事で疲れた時の眠気ではない。夜更かしした時の眠気なのだ。照明の暗さ、そして、人気のなさが、そんな気分にさせるのかも知れない。
思わず早歩きをしてしまっている自分に気付く。
街灯がまわりから照らしているため、影が自分の足元を中心にして、放射線状に広がっている。自分が動くたびにグルグル廻っているようで気持ち悪い。なるべく正面を見て歩いているつもりでも、足元が気になってしまう。
誰かにつけられているように感じるのは気のせいだろうか?
追いかけてくる影に気持ち悪さを感じ、早歩きになっているのに気付いたのは、その時だった。
生暖かい風を感じ、歩いていて背中にじっとりと汗を掻いているように感じてきた。
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次