小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集28(過去作品)

INDEX|13ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 私も行動をともにしようと考えた。そこにいた連中のほとんどが列を作った。私もその中に並んだが、テキパキと払い戻しが進み、列は次第に前へと進む。
 無言の元に最前列までくると、
「どうもすみませんでした」
 といって払い戻しをしている駅員の姿に恐縮してしまい、思わず頭を下げて払い戻しを受けたのだ。
 バスはさすがに満員で、事故の報を受けてバスも増発されたので、急がない人は、次のバスに並んでいた。私はとりあえず今いるバスに乗り込み立っていたが、バスはすぐに発車した。
 バスの中は終始静かだった。あれだけ駅では興奮して駅員に詰め寄っていた連中も何事もなかったかのように静かなものだ。心の中ではまだ不満があるのだろうが、とりあえず溜飲は下がったようだ。
 バスが到着してロータリーに乗客が押し出される。こちらの駅に来るのも久しぶりで、学生時代以来なので、もう五年くらい来ていなかった。
 いつも乗る駅より、こちらの方が駅としては大きく、駅前ロータリーには百貨店や銀行などの大きな店が点在している。横丁のような商店街は昔からあり、よく学生時代に来ていたことを思い出した。
 そういえば、最近会っていないが、美咲はこの駅に通勤しているのを思い出した。携帯電話の番号は聞いていたので、思わず懐かしくなり、ダイヤルをしてみる。
 いつも聞いている呼び出し音が耳に響いている。相手が誰であれ、呼び出し音は緊張するものだ。特に相手が女性で、しかも久しぶりに会う相手ということで、コールが重なってくるごとに、緊張感が増していった。
――ああ、掛けなければよかった――
 とまで感じたが、今さら止めると却って不自然だ。
 コールが耳の奥で鳴り響き、五回目のコールの時だった。
「もしもし、久しぶりね」
 聞き覚えのある元気な声が受話器から響いてきた。思わずホッとしたが、それは私が想像していた美咲の声と同じだったからだろう。
「こんばんは、元気にしていたかい?」
 元気なのは声を聞いて分かったが、果たして緊張からか、電話を掛けようと思った時の気持ちを忘れてしまっていた。我ながら情けない。
「ええ、元気だったわ。最近、連絡くれないから、どうしたのかと思っていたわ」
「ごめん、忙しかったんだ。これといって変わりはないよ」
 美咲が聞きたいような変わりは私にはなかった。ガールフレンドができたわけでもなく、会えばきっと、変わりのない自分を美咲が感じてくれるはずだと思っている。
「電車、人身事故があったみたいね」
「よく知ってるね、ニュースか何か?」
「ええ、会社の営業の人が、その影響で道が混んでるために、立ち往生しているって連絡が入ったからね」
 踏み切りはきっと開かずになっていることだろう。電車の影響はすぐに道路の渋滞を招いてしまう。
「そうなんだ、それで君の会社の近くの駅までバスで来たんだけど、久しぶりに会えないかと思ってね」
「ええ、いいわよ。私の方もそろそろ仕事が終わるところだから、あと十五分もすれば会社を出れるわ。それまで、そうね……。ロータリーから駅の正面に喫茶店があるの。ロータリーが一目で見渡せるようなところで、名前は「デッサン」というところね。タクシー乗り場の近くだからすぐに分かると思うわ。そこで待っていてくださる?」
「ああ、いいよ。待ってるよ」
「私もなるべく早く行くから、また後でね」
 と言って電話を切った。
 喫茶「デッサン」はすぐに見つかった。なるほど、階段を上がっていって中に入ると、客は結構いるのだが、店自体が広いため、窓際の席も少しだが空いていた。私は迷うことなく窓際の席に歩み寄ると、表を見ながら腰掛けた。
 なるほど、表が一望できるベストポジションである。ここにいて表を見ていれば、時間が経つのをそれほど苦にすることもなく待っていることができる。待ち合わせにはもってこいのスポットである。
 ウエイトレスの女の子にコーヒーを注文すると、すぐに運んできてくれた。コーヒーを飲みながら表を見ていると、今日は最初からこちらの駅で、美咲と待ち合わせる予定だったような錯覚を覚えた。いつも乗る鉄道の事故など、前の出来事のように思えてくるから不思議だった。
 それでも、さすがにこの時間になると、西日は落ちていて、ネオンサインが浮かび上がり、夜の街の様相を呈している。まるでいつも見ているようにも思えてきた。少なくともこの店には初めて来たにもかかわらずである。
 美咲が来るまでにはまだ時間がありそうだ。駅を出入りする人の姿を漠然と眺めていると、美咲と実際に付き合っていた頃のことを思い出すのだった。
――そういえば、いつも駅のロータリーで待っていたっけ――
 約束に遅れることを極端に嫌う私は、待ち合わせといえば十五分前に来ていなければ我慢できないタイプだった。親からの教育がそうであったし、自分自身が嫌なことを相手にさせるのが、いたたまれないタイプでもある。
 美咲は逆にいつもギリギリ、遅れることは絶対になかったが、五分以上早く来ることもなかった。
「だって、時間がもったいないじゃない」
 確かにそうだ。急いで来ても何の得にもならない。その間、自分にできることをしている方が賢いと言える。
 そんな美咲の考え方を、少し敬っていたのも事実で、自分にはできないだろうと思いながらも、羨ましく思ったものだ。
「私も人の嫌がることをするのは嫌なの」
 美咲と性格について話した時に言っていた。
「だけどね、合理性も大切なのよ」
 価値観の問題だろう。私にとっては時間よりもゆとりが優先し、そちらに価値観を見出した。美咲はゆとりよりも自分の時間に価値観を見出した。ただそれだけの違いなのだ。だが、私には、
「ただそれだけのこと」
 ができないのだ。できないから羨ましい。ひょっとして美咲も私の性格を羨ましいと思っているのかも知れない。
 だが、美咲はこうも言う。
「でもね。ゆとりって自分に余裕がないとできないことでしょう? 自分のことを把握しないでゆとりも何もないと思うの」
 私が自分のことを分かっていないかのような言い方に少しムッとしたが、考えてみれば美咲の言うことが正論のように思う。自分のことが分かっていて自分の時間を把握しているからこそ、遅れることはないのだ。時間ピッタリに来ることのできる美咲の判断力にはいつも驚かされる。
「私は、いつもギリギリまで時間を使うようにしているの。待ち合わせ時間から逆算して考えているからかも知れないわね」
「でも、僕にはできないような気がするよ」
「私はあなたのような人にこそできるような気がするけどな」
「僕はいい加減だし、計画性もないんだよ」
 まさしくいい加減で計画性がない。勝手な優先順位が頭の中にあるだけで、物事を整理して行動を起こす方ではないのが分かっているからである。下手に計画して行うと、途中で迷いが生じ、うまく行かない。行動を起こすまでに時間が掛かるが、始めてしまうと何とか収まるタイプなのかも知れない。
 そんな会話を思い出していた。
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次