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短編集28(過去作品)

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 通勤電車というのは実に不思議なものである。同じ車内でありながら、人があまりいないのと、いくら酔っ払いの集団といえども人が溢れているのとでは明るさの違いを感じさせられる。明らかに人で溢れている時の方が明るく感じるのである。
 そして人が少ない時に時々感じるのが、電車内を通り抜ける風であった。窓はすべて閉まっているにも関わらず、夏でも冷ややかな、いや、冷たい風が吹きぬける感じがするのは気のせいではないだろう。電車内が広く感じ、天井も高く感じるのだが、冷たい風の吹き抜けを感じて車内を見ると、今度は狭く感じられる。実に不思議なことだ。
 帰りに乗る電車はほとんど決まっていて、急行電車ばかりである。したがって、降りる駅までの間に停車する駅は一つだけだ。途中の数駅は通過するので、あまり電車に乗っている時間も感じない。
 電車に乗って数分くらいは都会を走っていて、ビルの窓の明かりや、パチンコ店などのネオンサインがまぶしいので気づかないが、途中からいきなり田舎に入っていく。途端に窓の外を襲う漆黒の闇のせいか、窓に写っているのは、車内の光景である。きっと、ガラスの反射で見ている車内の明るさを感じているから暗く感じるのかも知れない。
 そういえば、この電車で気になる人が乗っていたことが以前にもあった。それはかなり昔のことで、まだ、車両ももう少し古い形だった。だが、車窓から見える光景に変わりはなく、懐かしさもあった。
 あれは高校時代だった。高校も学校までの通学にこの電車を使っていた。部活などで遅くなるといつもこの時間、寂しさを感じながら帰ったものだ。しかし、あの頃は、友達と食事をしてから帰っていたのでお腹は満たされていた。そのせいか、ここまで寂しいという感覚はなかったし、電車に乗るまでは友達とワイワイやっていたこともあって、まだ興奮が残っている。電車に乗っている時間をそれほど長く感じなかったのも事実であった。
 確かに学生時代にいた光景と、ほとんど違いはないが、明らかに感じる明るさは違っていた。
――学生時代の方が、もう少し明るく感じたものだ――
 と思っていた。
 駅を降りて、家まで歩く数十分、それは途中まで電車道に沿ってのものだった。途中から田舎道に逸れるのだが、その途中にいくつかの踏切がある。
――ここまで籠もって聞こえるのは、夕方だからかな?
 踏み切りの音は遮断機が下りきると、音が小さくなる。しかしこのあたりは鳴り始めから音が小さいままだ。いや、小さいというよりも籠もっているのだ。丸い赤い光が警笛とともに左右でついたり消えたり、思わず目で追ってしまうことがあるくらいだ。
 しかもまわりが暗いからだろうか、鮮やかな赤は、一度見てしまうと目に焼きついてしまって離れなくなる。鮮やかな光の左右への移動がそうさせるのだろうか。
 学生時代には、駅を出てからいつも私の前を歩くサラリーマンが気になっていた。私は歩くのが比較的に早い方で、背が高いこともあって、
「お前は歩くのが早くて、ついていくのがやっとだよ」
 と、息を切らしながら皆から言われていた。
 だが、目の前のサラリーマンとは、その距離が縮まらない。無理に追いつこうとはしないが、それにしても普通に歩いているように見えるサラリーマンの足の何と速いことだろう。実に不思議だった。
 電車の中ではまだ夕日が沈んでおらず、車窓の景色を見ながら黄昏たような気持ちになっていたが、駅に着く頃には、沈む夕日の明るさと、反対側から訪れる闇を不気味に感じていた。
 特に夏の時期などは、疲れというものが駅を降りると一気に訪れ、歩き始めてすでに足のだるさを感じるのだった。
 身体のだるさを感じながら、沈む夕日を感じていると、目の前にいる男との距離が縮まらないことが最初から分かっていたような気がする。追いつけるはずのない相手、追いかけようと感じたのは、いつからだっただろう?
 初めて男に気付いたのは、こちらを見つめる男の視線を感じたからだった。しかし男の視線はその時限りで、それ以外の時には感じない。もちろん目が合ったことなどないし、ハッキリと顔を確認したわけではない。いつも同じ場所で男の存在に気付き、同じ方向に歩いていながら、その距離を縮めることのできない相手、気にならない方がおかしい。
 あの頃の私には、付き合っている女性がいた。たまに休みの日に待ち合わせて、ショッピングに付き合ったり、食事に出かけたりする程度で、高校生の銃愛カップルを絵に描いていた。
 同じ高校で、家が近かったこともあって、時々同じ電車で帰っていたのだが、彼女と帰る時は、いつももっと早い時間だった。駅から家に帰る途中、公園に寄って、ベンチで話をすることが多かった。話の内容は、学校のことや、家族のことなどのような身近なことから、将来の夢だったり、やりたいことなどの話に花を咲かせていた。将来のことになど話が及ぶと、時間の経つのも早いもので、気がつけば日が暮れかかっていたことなど、何度もあった。
 名前を美咲といった。
 しかし話に夢中になっている時というのは、実に面白いもので、その時は見ていても気になっていないことでも、後から思い出すと、覚えていることがある。もちろん逆もあるのだが、例えば、目の前に立っている木から伸びた影の長さだったり、ブランコで遊んでいた子供の帽子の色だったりと、漠然と見ているようで覚えているものなのだ。きっと、意識していないつもりでも、その時々で語られる会話の内容を思い出すたびに、焼きついた瞼の奥の光景まで一緒に思い出しているのだろう。それだけに、漠然と見ているつもりでも覚えている自分がいつも不思議で仕方がなかった。
 美咲と一緒にいる時もそうだった。しかも、いつも覚えているのが目の前の木から延びる影の長さだった。話の内容は、その時々で違っていたにもかかわらず、覚えている影の長さが一定のように感じられたのはなぜだろう?
「気のせいよ」
 美咲に感じている不思議なことを話した時、そういって笑っていたが、私の真剣な顔を見て、半分美咲の目も真剣だったように思う。
 そのことについても話をしたことがあった。
「デジャブーって知ってる?」
「聞いたことはあるけど、何となく奇妙な話なんだろう?」
「ええ、そうね、奇妙というか、科学では理解できない話の代名詞のような感じかしら。私は時々感じることがあるのよ」
「どんな風にだい?」
「前にもどこかで見たことがあるような、って感じたこと、あなたにもあるでしょう? そんな感じかしらね」
「あるね。でもそれは夢で見たことだと思って、あまり不思議に感じなかったよ」
「夢にしてもそうでしょう? 辻褄の合わないことは、皆夢で見たことだと考えれれば、納得が行くわよね。でも、私は性格的にそうもいかないの。疑り深いのかしら?」
 夢のことについて話をさせると、美咲は止まらなかった。
「夢って潜在意識が見せるものなのよ。だから、自分の意識以外のことは見れないし、意識にあることは何度でも見るんじゃないかしら?」
「そう考えると、デジャブーも納得がいくよね。でも、本当にデジャブーを夢だけで片付けていいのかな?」
「どうしてそう感じるの?」
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次