風鳴り坂の怪 探偵奇談15
(瑞くんにもみえてた)
坂から逃げるとき。彼も振り返ってあの少女を見ていた。颯馬が夢に見た、神様のところへお嫁にいった女の子…。おそらくかつては力を持ち、あの土地を安定させた人柱…神様だ。
「その忘れられた神様への信仰を取り返してやればいいってことか?」
「うん。でも、どうしたらいいのかなあって」
人柱になった少女のことを覚えている者など、もういないだろうし、いまこうしている間にも町の人間の淀みは吹き荒れているのだ。
「…俺は、忘れられたら嫌だなあ」
ぽつんと伊吹が言う。
「つらい別れの話、覚えてるか?」
「へ?」
「颯馬が言ってたじゃないか。忘れたのか?」
「えっと…」
「死別よりもつらいことって何だって、いつだったか聞いた時。颯馬が言ったんだ、忘れること、忘れられることだって。思い出せなくなる、思い出してもらえなくなる。そんなつらいこと、ないでしょって」
言った、かもしれない。そういう別れを経験してきた魂を持つ、瑞と伊吹に向けて。
「その子も、寂しいんだろうな。命を捧げてずっと町の人たちを守ってきて、でもどんどん時間が流れて、自分のことを知ってるひとが一人もいなくなって、でも自分の愛した土地を守りたくて、役目を果たしたくて…今も」
どこか遠い目をしてぽつぽつ呟くように話す伊吹の様子が、なんだか少しおかしい。
「ね、先輩、どうしたの?」
「もうお花も、お祭りも、いらない。時々でいい、思い出してくれたらそれだけで、いい。そうすれば…」
伊吹が虚ろな目で足元を見つめている。
「そうすれば、またみんなが笑って暮らせるように頑張るから…」
颯馬は、確信する。
「きみ…俺の夢に出てきた子だね?」
あの子が、伊吹の口を借りて話している。颯馬にはその確信があった。首をがっくりとうなだれさせた伊吹の髪が、その顔を覆っていて表情は見えない。
「かぜのなるさか…しろいつき…ふえのおときけ…すずのおときけ…」
か細い声で、伊吹が、少女が歌う。消え入りそうな、細い細い旋律に、颯馬は耳を傾ける。
作品名:風鳴り坂の怪 探偵奇談15 作家名:ひなた眞白