風鳴り坂の怪 探偵奇談15
「おじーちゃん、逃げて」
颯馬の言葉に、老人が慌てて坂を下って駆けだす。黒い犬はこちらに飛びかかる機会をうかがっているようだ。颯馬は非常に落ち着いており、瑞もそのおかげか冷静だった。
「この犬、だめだね。命を冒涜してる。存在しちゃいけない」
これが「魔」か。妬み嫉み憎しみ恨みから生まれたもの。
颯馬がコートのポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとしたその時。
「うわ!」
びゅっと突然風が吹いたかと思うと、顔をかばった手の甲に痛みが走った。瑞は痛みの走った箇所を見て驚愕する。
「なんだよこれ…」
「うわ、イタソ~」
手の甲には、まっすぐに傷が走り、血がわずかに滲んでいる。
「これが、女子の髪の毛切ったってやつか?」
「すごい、カマイタチだー!」
感動してる場合か、と瑞は突っ込む。逃げなくては。命が危ない。
「ねー…なんか聞こえる?」
颯馬の呟きに耳を澄ませる。ごろん、ごろん、と坂の上から何かが転がってくる音がする。それは二人に近づき、そして瑞の足に当たって止まった。
「…うわ、見ちゃった…」
懐中電灯を向けて、瑞は息を呑んだ。目を逸らして視界から消す。
生首、だと思う。乱れた髪らしきものでわかってしまった。ごろん、ごろん、次々坂を転がってくる、首。
おおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおお
示し合わせたかのように風が鳴り始め、あたりの雰囲気はいっそう不気味さを増す。犬が風邪の音に合わせるようにほえたて始める。
「…この音、気味悪いな」
断末魔だよ、と颯馬が低い声で言う。
「坂の上は、もともとが刑場だったのかも。無念な思いとともに、首はこの坂を滑り落ちていったんだろうね」
この坂で聞こえるのは風の鳴る音ではなく、罪人の断末魔の叫びというわけか。
「今日のところは逃げるよ」
作品名:風鳴り坂の怪 探偵奇談15 作家名:ひなた眞白