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異能性世界

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 死にたいという意識を持っていた時に見た絵だったように思う。学校から見に行った美術館の絵ではあったが、美術館に入った時と、出てきた時では意識が違っていた。変えたのは、この二つの絵だったのだ。
 美術館を出てきた時、死にたいという意識はほとんど失せていた。その記憶は残っているのだが、その前後の記憶が繋がらない。今も昔も美術に興味はないが、その時だけは興味というよりも見たこと自体が、自分の意識に変化を与えたということで、センセーショナルな出来事だったとして封印された記憶が教えてくれた。
 中学時代の記憶が次第に明らかになってきたが、ショッキングな意識も徐々に思い出されてきた。
 学校の帰りに廃墟があった。そこにはスクラップがたくさん捨ててあったのだが、ほとんどが、家電だった。今だったら、
「違法投棄だ」
 と、意識はしても、横目に見て通りすぎるだけだろうが、その日は精神的に何か嫌なことがあった。確かクラスで友達と喧嘩したのではなかったか。喧嘩にもならないほど仲がいいと思っていた人と衝突したことで、相手に対しての不満よりも、自分に対しての憤りの方が大きかった。不思議な感覚を味わっていたのだろう。吸い寄せられるように近づいていくと、そこに一人の少年が冷蔵庫のところで眠り込んでいるのに気が付いた。
 そんなところで寝ていると、扉が閉まってしまい、そのまま他のスクラップと一緒にプレスされてしまうのではないかという最悪の発想が浮かんだ。これも普段であれば、ここまでのことは想像しないだろうと思うようなことである。
 あまりにも深い眠りに思えたので、起こすには忍びないと思った。起こして文句を言われると割に合わないという思いがあったのも事実だ。
「俺には関係ない」
 と思うのが一番気が楽だった。最悪の状態になどなるわけはない。思い過ごしに過ぎないのだ。
 修は考えすぎてしまうところがあり、いつも最悪のことを考えるところがあった。それは小学生の頃からずっと続いていることで、高校生でも同じだった。今もほとんど変わっておらず、それこそ、
「死ななきゃ治らない」
 と思ったほどだった。
 最後の判断になると、考えが思いとどまってしまい、その一歩が先に進めない。この性格がいつから根付いてしまったのかハッキリと分からなかったが、中学時代のその時だったと思えば納得がいく。忘れてしまった記憶が結びつく過程で思い出す感覚だった。
 その日、街は大騒ぎになった。一人の子供が夜になっても帰ってこないからだという。
 近所が騒がしいということで親に聞いてみると、
「近所の男の子が、鬼ごっこしていて行方不明になったんですって」
 思わず、修は息を呑んだ。
――あの時の子だ――
 本当にその子だったのかどうかは、問題ではなかった。違ったとしても、そのまま危ないと思いながら放置してしまったことに変わりはないのだ。
 少年は、結局見つからず、行方不明のまま警察に委ねられた。警察が捜索すると、スクラップ工場の中の冷蔵庫から次の日に見つかり、重症ではあるが、命には別条がないということだった。
 修は胸をホッと撫で下ろし、自分が悪いことをしたという意識が、しばし吹っ飛んでいた。感覚がマヒしてしまったからだった。
 しかし、親の話を聞いてまたしても、修は愕然としてしまった。
「命は助かったとしても、あの子のショックは相当なものでしょうね。このままあの家庭が今までどおりの幸福な家庭に戻ることはないと思う」
 他人のことだとここまで冷静に分析できるものなのかと思った。そして親に対して「冷徹人間」というレッテルを貼る原因になった。
「俺がやったんだ」
 本当は自分がやったことだとは思っていない。仕方がないことだと思っているのに、自分がやったという意識が離れない。このギャップが実はトラウマの真の正体だった。
 仕方がないことだという思いと、自分がやってしまったという思い、中を取って、
「あの時に誰かに話していれば」
 という当然の発想が生まれていれば、少しは罪の意識も違ってくることだろう。そう思えなかったことが大きなトラウマを生み、記憶を大きく欠落させる原因になってしまったのだ。
 トラウマとは意識の中でずっと自分を見張っているものだと思っていたが、記憶の封印の方を向いて、表に出さないように見張っている役目もしているということを、まったく意識したことがなかったのだ。
 その時の修のことを知っている人が一人だけいた。その人は修が好きになった女の子で、まさか彼女が修の苦しみを分かっていたなど、しばらくは気付かなかった。
「秋山君、苦しそうね」
 彼女の言葉が最初、何を意味しているのか分からなかった。ただ、今まで話をしてくれたこともない女の子が、しかも好きだという意識のある女の子から言われたのだから、心臓が破裂しそうにビックリしたのだ。
「どういうことだい?」
「私知っているんです。あなたがこの間の行方不明になった男の子を、最初に発見していたのを」
「えっ」
 一番知られたくない相手だと思っていたが、知られてしまったのであれば、今まで意識していた相手だという感覚がマヒしてきたくらいだった。
 彼女に対していた恋心が急に萎えてきて、次の一言に何が待っているのか、怖くて仕方がない自分を感じた。指先は痺れるし、何を言われても、返答などできるはずはないという思いでいっぱいだった。
 それにしても最初に言われた、
「苦しそうね」
 という言葉、それを聞いた瞬間、彼女から明らかに見下されている意識が芽生えたのに気が付いた。このまま彼女と関わりを持つことは、一生このまま見下されることになるのだと思ったのだ。被害妄想であるのに違いないが、被害妄想を感じるのは彼女だったからだというのも事実で、やはり彼女は修にとって、特別な存在であったことには間違いはない。
「秋山君は、そんなに自分を追いつめることはないって、もっと早くに言いたかったんですけども、なかなか言う機会がなくて、今になっちゃったんですよ。」
 裏を返せば、いかに言えば、修に対して威圧感を与えながら、自分が支配できる立場を保てるかを考えていたので、話しかける機会を逸してしまったとも言えるのではないか。その時から、修のトラウマは記憶から引っ張りさせないほどの奥に封印されてしまったのだ。
 誰も修を助けることはできない。自分で意識や記憶を封印するしかない。それが修の見つけた結論だったのだ。
 彼女に対しての記憶も当然失せていた。だが、彼女が修の好きなタイプの女性の原点であることには違いない。思い出したということは、ひょっとして、この後どこかで出会えるのではないかという思いがあり、少し慌てた気分になったこともウソではない。興奮というより、当時のときめきを思い出したいという思いだ。忘れてしまったことを思い出したいなど今までに思ったことはない。どうしてそう思うのか、自問自答を繰り返したが、記憶から消してしまったものを思い出すことへのリスクは分かってるつもりなのに、それ以上に彼女と話がしてみたかった。それは自分がこれまで記憶を封印してきたことが、どういう意識から生まれたのかを、彼女と話すことで分かるかも知れないと思ったからだ。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次