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異能性世界

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 区切りのハッキリとしない日は、一日が終わると、記憶からすぐに消えてしまいそうになる。それを消さないようにしようと思うから、余計に記憶に残るのだ。
 ただ、残った記憶は残像として残っているだけで、しかも区切りがハッキリしないほど印象に残ることは何一つなかったのだろう。
 そんな日が記憶の中で一番曖昧なのかも知れない。一日を繰り返していると考える対象になるのは、そんな日だとすれば、少々の違いはあっても、印象として同じだと思えば、繰り返しているように感じるだろう。それが、
「一日を繰り返しているのではないか?」
 と、最初に感じたきっかけだったのかも知れない。
 まわりの人に話してみたが、誰一人として信じるわけもない。しかも、数日も経たないうちに皆話したことすら忘れている。跡形もなく忘れているのを見ると、記憶を失うことに、何か見えない力が働いているのではないかとさえ感じるのだった。
 定時になって会社を出ると、いつものように西日が眩しかった。足元の影がどこまでも伸びている。ビルの谷間のギリギリの高さでとどまっている時に見た太陽はなかなか沈まない。ろうそくの消える寸前に、力強く燃え盛る炎を見ている時のようだった。それでも力尽きると、暗くなるまでが早い。最後の力を振り絞ったあとというのは、他愛もないものであった。
 部屋に帰ると、ちょうど宅配便の人がやってきていた。お届け物があるらしい。
「あれ?」
 差出人を見ると自分になっている。どうやら、骨董品屋で買ったものを届けさせたようだ。
――記憶にないんだが、中身は何だろう?
 横に大きなもので、奥行きの薄いものだった、明らかに絵画であることがは分かった。中身も大体見当が付いたが、買った記憶がないのに、どうして届いたというのだろう?
 中身は大時計を買った時に一緒に見た西洋の城を描いた絵だった。確かに気になっていた絵だったが、買おうとまでは思わなかった。暗い部屋に暗い雰囲気の絵があれば、怖いと思うのが分かっていたからだった。怖がりなところのある修には、絵を飾るだけの勇気は持ち合わせていなかったのだ。
 それでも記憶にないところで購入してしまったのだろう。その時、自分がどんな心境だったのかを思い図ってみたが、思い浮かぶものではなかった。
 だが、絵を見ていると少しずつ思い出してくるものがあった。
「この絵は僕を呼んでいた気がするな」
 おやじさんとも、絵の話をしたように思う。おやじさんも自分の部屋に絵を置いていると言っていた。最初は怖くて置くことを躊躇っていたそうだが、置いてみると怖いという感覚よりも、部屋全体が思っていた部屋とまったく違った世界が開けてきた気がしたとも言っていた。もし絵を購入するきっかけがどこかにあったのだとすれば、その時の会話が大きな影響を持っていたに違いない。
 絵は、やはり大時計の近くに置くのがいいだろう。大時計は窓際の棚の上に置いているので、その奥の壁に掛けるようにしよう。そこ意外に絵を置く気がしないし、大時計と切り離すことは怖い気がしたのだ。
――この絵と大時計は、まるで対になっているかのようだ――
 似ても似つかぬものだが、時を刻む時計の音と、絵の中から伝わってくる息吹のようなものが調和することで、部屋の中にまったく違った別の部屋の様相が飛び出してくるように思えるのだった。
 薄暗い絵の中が、時を刻む音で、次第に暗くなっていくように思えた。しかし、決して真っ暗になることはない。限りなく夜に近づくことがあっても、日が暮れることは永遠にないのだ。
「この絵は眠らない絵なんだ」
 と思うと気持ち悪さを感じたが、今まで眠っていた部屋が目を覚まし、修の中で忘れてしまったものを思い出させる効果を持っているとしたら、大いに興味をそそられる絵であることは間違いない。
 今日、骨董屋のおやじさんを奇しくも電車の中で見たことは、偶然ではなかったのではないかと思わせた。
 絵がおやじさんを見せてくれたのか、おやじさんが、絵をこの部屋に飾るように示唆してくれたのか、どちらにしても、絵とおやじさんを見たことは、切っても切り離せない事実だったのだ。
 次の日も、早く目が覚めた。
「まさか、同じ日を繰り返している?」
 と感じたが、どこかが違っていた。昨日ほど眠気を感じないのは、二日目ということもあり、身体が慣れてきている証拠であろう。
 目が覚めるまではあっという間で、顔を洗って戻ってくると、
「やはり、昨日の繰り返しではない」
 とハッキリ感じた。
 その理由は、部屋に大きな絵が飾られていたからで、絵は確かに昨日運ばれてきた西洋の城が載った骨董品屋で数日前に気になった絵だったのだ、
 修はホッとした気分になり、フッと溜息をついた。
「あれ?」
 溜息をついた瞬間に、溜息をつく前の自分と違う人間になってしまったかのような錯覚に陥ったが、本当に錯覚だったのだろうか?
 しばし、そのまま一歩も動かず佇んでいたが、あまり長く動かないと、今度は本当に金縛りに遭ったかのように、動けなくなってしまうような気がしたことで、時間がそのまま止まってしまうのではないかと思い、大時計を見た。
 大時計はいつものように力強く時を刻む音を響かせながら、秒針は規則正しく動いていた。
「よかった」
 今度は、安堵はしても溜息はつかないようにしないといけない。
 そういえば、子供の頃に同じような経験をしたことがあった。安堵の溜息を洩らした後に、何となくまわりの景色が変わってしまったように思えたことだ。
 まるで夢を見ているかのように、まわりの人が修を不審者のような目で見た。思わずその場を立ち去り、洗面所で顔を洗って戻ってくると、さっきの様子はウソのように、まわりは修を気にすることなく時間を刻んでいたのだ。
 皆が皆同じような目で見ている時、その顔は皆同じ顔に見えた。表情だけでなく、顔も同じだったのだ。そして、時間が固まってしまったかのように、その場から立ち去ることを選択しなければ、そのまま時間とともに、自分も凍結し、時間の網の中から逃れることなどできないと思った。
 だが、今度は誰も修のことに気付かない。見えていないなどありえないはずなのに、目が合ったと思っても、その視線は、修の後ろに向いているのだ。明らかに存在に気付いていないようだ。
――まるで石ころだ――
 道端に落ちている石は、目に触れているのに、誰もそれだけを注意して見ることをしない。たくさんある中の一つということもあり、一つに集中できないというのも、人間の習性なのかも知れないが、それよりも、
――そこにあって当然――
 というものであれば、視界に入っていても、意識することがないという考えだ。
 その時の修は、自分を納得させるのに、石ころを利用した。それだけまわりの風景に溶け込んでいるということだと悟ったのだ。
 もし、その時に石ころになった自分を想像し、まわりを見ることができていたら、少しは今の心境も違っていたかも知れない。
 その頃に感じていた疑問が、今形を持とうとしている。どのような表現をしていいのか分からないため、夢で見せたり、幻影のような見せ方になっているのだろう。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次