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異能性世界

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 修にとって、奈々子は本当に自分のことを分かってほしい相手だと思っている。まりえに対して、今後どこまで発展してくるか分からないが、もし、本気で好きになったとしても、一番分かってほしい相手、そしていつまでも慕っていてほしい相手としての存在は、消えることがないと思っている。
 会社でだけの仲だと思っていたのは、兄の存在が大きかったからだ。兄を慕っている奈々子を見て、
――奈々子とは、付き合う気にはならないな――
 と思っていた。
 修は自分がいくら相手を好きになったとしても、相手に他に好きな人がいたり、実際に付き合っている人がいると、諦めるタイプだった。それが今まで一目惚れが少なかった一番の理由で、一目惚れをした相手に誰か好きな人がいた時、嫉妬の炎に燃えるくらい胸を焦がしたものだが、それも一回だけのことだった。立ち直れないかも知れないと感じたほど相手を好きになってしまえば、
「もう二度と同じ過ちを犯すことはない」
 と思っても、結局は同じことを繰り返すに違いない。
――繰り返す?
 同じ時間を繰り返すのも、感情のないところでの繰り返しなので、分からないことが多いのだが、そこに何かの感情を持ったとすれば、理解できることもあるのではないだろうか。意志が働くのは、そこに感情が存在するからだ。
――感情のない意志など本当に存在するのだろうか?
 修はまたしても、自問自答を繰り返すことになる。
 考えることは繰り返しなのだ。同じことを何度も考えて結論を出す。それこそ、繰り返しの原点ではないだろうか。
 奈々子という女性に、自分と同じモノを感じると、今度は今までと感情の向け方が変わってくる。愛情とは違うかも知れないが、奈々子が慕ってくれる眼差しを送ってくれている限り、決して離れることのできない仲であることを悟るのだった。
 奈々子の中にあるM性を引き出したのは、兄なのかも知れない。そして、兄が目の前から消えた今、奈々子にとっての拠り所は修しかいないのだろう。突き放すことはできないが、もし奈々子の気持ちの中に、修を「兄の代替」だという思いがあるとすれば、修は奈々子と心中することになるかも知れない。
 奈々子の兄が、自殺したという話を聞いたのは、それからすぐのことだった。噂では心中だったということだが、修が奈々子のことで、
「このままなら、奈々子と心中することになる」
 という、喩えとはいえ、心中という言葉を頭に思い浮かべたのと、ほぼ同じ時期に兄が心中したというのは、ただの偶然だといって流してしまっていいのだろうか。
 奈々子の兄が心中したことについては、少し経ってから、奈々子の口から聞かされた。さすがに四十九日の法要が終わるまでは口にしないでおこうと思っていたことだったようで、それが終わると、奈々子は修に切々と話し始めた。
「部屋で兄の遺品を整理していると、日記帳が見つかったんです。最初は見ていいものかどうか迷ったんですけど、遺品だからと思って中を見ると、失踪する前に書かれたあたりの内容は、まるで遺書のように思えてきて、読んでいて悲しくなってきました」
 奈々子は、喫茶店のテーブルの上に、兄の日記だと言って、読んでほしいページのところを示すようにして開いた。
 内容は、日記というよりも、まるで小説を読んでいるように思え、読んでいて、話の中に入っていく自分がいるのを感じていた。
                    ◇
――俺は、死について今まで何も考えてこなかったことを、今後悔している。
 死ぬことを考えていたのであれば、死について「怖い」などという感覚は消えてしまうだろうからだ。
 死を選ぶなど、考えたことはない。幸せになることだけを夢見て生きてきたつもりだった。
 幸せになるにはどうしたらいいかということも、あまり考えてこなかった。こちらに関しては後悔をそれほどしているわけではない。なぜなら、今の私には、幸せなどという言葉は紙に描いた餅のようなものだからだ。
 幸せを求めようなどというのは、幸せという言葉の意味を知らない人が求めるものだ。俺は言葉の意味を知らないが、求めようともしなかった。
 人から見ると、それほど俺は冷たい人間には見えなかったかも知れないが、心の中は冷え切っていた。いつ死んでもおかしくないような状態だっただろう。そのことを知っている人間はおそらくいないはずだ。今、俺と一緒にいる明美という女も、知らないだろうと思う。
 俺は明美と知り合って、ひょっとすると幸せという言葉の意味を知ることができるのではないかと期待した。しかし、明美は幸せという言葉に、一番縁遠い女だったのだ。
 俺は幸福という言葉に見放された男だった。言葉の意味も知らないで死ぬのは心残りだが、この世に未練などはない。死ぬことを怖いとは思わないからだ。
 いつも何かを考えていた俺だったが、死ぬことと、幸せになるということは、あまり考えていなかった。そう思うと考えていたことというのは、いつも目の前のことだけだったのだ。
 先のことなど考えても仕方がない。そういう意味では、俺は冷めた男だったのかも知れない。毎日を規則正しく暮らしているわけではないのに、時間は規則正しく過ぎていく。この矛盾に対して、時々憤りを感じていたのは事実で、同じ日を繰り返すことだってできていいはずだと思うようになっていた。
 繰り返すことはできても、巻き戻すことはできないと思った。本当は逆なのかも知れないが、自分以外の知らない世界で、何かの力が働くことの方が、自分で力を発揮することよりも容易なことだと思うようになった。
 巻き戻すことができないのであれば、生きていても仕方がないと思わせたのは、明美が明日をも知れぬ病気だと分かったからだ。
 明美の場合は、繰り返しても巻き戻しても、どうなるものでもない。どちらも時間を逆行するだけで、身体に何ら変化はないからだ。
 ただ、どうして俺が巻き戻しに期待したのか分からない。巻き戻して何かをしたいとか何かを得たいとか思ったのだろうか。今さら何かを得て、どうするというのだろう?
 明美と知り合ったのは、俺が失意にいる時だった。
 俺は時々失意に陥ることがある。世間では躁鬱症の鬱状態だと表現しているようだが、話を聞いてみると、確かに症状は鬱状態なのだろう。
 鬱状態は、入り込む時と抜ける時に、虫の知らせのようなものがあるという。そして、どんなに重くても、それほどでもない状態でも、鬱状態の賞味期限は、二週間ほどであった。
 鬱状態こそ、他の人も陥ると、同じような状態になるのかも知れない。そこには差別はなく、万民誰もが平等に陥るものなのではないだろうか。陥った時に、これは俺だけではないんだと、自分に言い聞かせる声が聞こえる。鬱状態の時には、これだけではなく、言い聞かせる声がいくつも重なっていることが多かったのだ。
 明美は、俺に対していろいろなことを話してくれる。話を聞いていると、なぜか涙が出てくるのだが、俺が涙を流すなど信じられることではなかった。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次