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異能性世界

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「気付いていても、どうにかなるものでもないかも知れない」
 社内恋愛はしてはいけないと思っていたからだった。
 店はこじんまりとしていたが、少しスナックの雰囲気も感じさせた。カウンターの後ろにある棚には、お酒が並んでいたからだ。ただ、お酒が入るのは夜の九時過ぎからが本格的になるようで、宵の口では、まだまだ軽食喫茶であった。奥のテーブルに腰を掛け、店内を見渡すと、カウンターの奥にあるビジョンに映し出された海の中の映像に少し目を奪われていた。水族館でしか見たことのない魚が、自由に泳いでいる姿は、毎日を狭い世界の中で蠢くように暮らしているサラリーマンの悲哀を癒してくれるにはちょうどいい映像であった。修も奈々子も映像にしばし目を奪われていたが、ウエイトレスの女の子が水を持ってきてくれたところで我に返った気がしていた。
「私、最近人に言えないことを考えていて、少し悩み気味なんですけど、秋山さんにお話するのは、なぜか一向に構わない気がするんです。きっと秋山さんが私と同じ感性を抱いているからだと思っているんですよね。私が密かに悩んでいることも、まわりの他の人たちと違った感性があって、私だけ特別だと思っているからなんですよ。でも、秋山さんにだけは、きっと分かってもらえると確信しています」
 修は、奈々子の話を聞いて、おおむね何を言い出すか、見当がついた。しかし、彼女が口にした「感性」という言葉、そこには修の考えていることが、どこか違っているのかも知れないと感じるのだった。
「私、時々一日が巻き戻っている気がするんです」
――やっぱり――
 考えていたことに当たらず遠からじである。しかし、奈々子は「繰り返し」ではなく、「巻き戻し」をいきなり口にした。修のように最初は「繰り返し」を意識して、その後に「巻き戻し」を意識したのだろうか。話をゆっくり聞いてみる必要がありそうだ。
「どういう意味なんだい?」
「秋山さんは、その日にどういう行動を取るかって、一日の最初に考えたりはしませんか?」
 最近ではあまりなくなってきたが、確かに一日の最初に考えることが多かった。しかもその意識は無意識に行うことである。
「そうだね。あるね」
 最近なくなってきたことは、敢えて伏せた。
「そんな時って、思い通りになることありますか?」
「なる時もあるけど、圧倒的にならないことの方が多いよね」
 何と言っても相手があることだ。思い通りになることの方が難しいだろう。
「思い通りになるという意識も、どこまで思いどおりなのかというのも難しい判断だと思うんですが、いかがですか?」
「何から何まで思い通りなどということはまずあり得ないから、大体のパーセントで考えるね、それも百パーセントからの減算方式で考えることが多いかな」
「私もそうなんですよ。大体五十パーセントから六十パーセントを超えたあたりから、自分としては、思い通りと思うようにしているんです。少し甘いかも知れませんが、それ以上に閾値を上げてしまうと、思い通りという意識は成り立たなくなってしまうんですよ」
 七十パーセントを超えると、ほとんど思った通りの一日で、満足感はピークに近いくらいだろう。もし、それ以上であるなら、今度は却って怖いくらいになってしまう。そう思うと、奈々子の考えているラインは、ほぼ正確なところだと思ってもいいかも知れない。
「奈々子さんの言う通りですね。僕も同じ意見ですよ」
 会社でも時々奈々子ちゃんと、愛着を込めて呼んでいた。それは修に限らず他の男性社員も同じだったので、ここでは敢えて、「さん」つけにしたのだった。
「思い通りになる時というのを、私は最近、閾値を上げて、八十パーセント以上にしてみたんですが、上げてみると不思議なことに、思い通りになる率が増えてきたんですよ。それで思い通りになる日をいろいろ考えてみると、後から思い出そうとしてもなかなか思い出せないことが多いことに気付きました。確かに今まで思い出せないことのある日が増えてきていることが気になっていたんですが、それがまさか、思い通りになる日だったなんて、少しビックリしています」
 奈々子の顔には、心なしか赤みを帯びているように見え、興奮しているように思えてきた。自分の話に酔っているかのようであった。
 奈々子の話を聞いていると、確かに自分にも心当たりがある。思い通りになった次の日に、
――前にも同じようなことがあったような気がする――
 と感じる時が確かにあるのだった。
 奈々子のように数字を当て嵌めるようなことはしなかったが、その方が余計に想像力や発想が大きくなり、自分の中にある欲を掻きたてられるような気がすることもあった。漠然としているのだが、
 思い通りになるということも、欲の一つであろう。思い通りになったことが、また今度同じように思い通りになってほしいという感覚になり、繰り返したり、巻き戻したりという意識を強めていくのかも知れない。
 それにしても、こんなに近くに二人も同じような発想を抱いていて、今まで誰にも言えずにいた人がいたとは意外だった。しかも、同時期に二人ともが自分に対して寄ってくるというのも、何か二人に対して共通のオーラを発しているのかも知れない。
 他にも同じ発想を抱いている人がいたとして、果たして、修にこの話を持ってくるだろうか?
 話が話なだけに、よほど気心の知れた相手でないと、話を持ちかけようとはしないだろう。修に対して話しができたのが二人とも女性だというのは、同じオーラを持っていたからなのかも知れない。
 奈々子に対しては、まりえに感じたような愛おしさは感じない。どちらかというと、リナに感じたイメージだった。
 そういえば、最近リナに会うことがなくなった。部屋に帰ってから、アンティークショップで買ってきた大時計を見ると、リナを思い出す。部屋を出てしまうとリナのことを思い出すことはほとんどなくなっていたのだが、どうしてなのだろう? 正直言って、イメージが湧いてこないのだ。
 奈々子に対しても同じだった。今までは会社にいる時には女性として、かなり意識をしているのに、会社の外に出ると、ほとんど意識していなかった。これも会社にいるから浮かんでくるイメージであって、会社を出ると、イメージが湧いてこないからだった。
「そういえば、最近の俺は、結構疲れやすいんだよ。たまに温泉にでも行きたいなんて思うこともあるくらいさ」
 と、奈々子に打ち明けると、
「最近の秋山さん、今までとどこかが違うと思っていたんですよ。暗い雰囲気があるように思えたからですね。疲れやすいという言葉を聞いて、目からウロコが落ちた気がします。なるほど、疲れやすかったので、暗い雰囲気に見えていたんですね」
 奈々子を見ていると、上目使いに修を覗きこんでいる。上から目線など今までにはなかったはずなのに、奈々子に対しての修は今、上から目線で見つめているのを自分で感じることができた。
 奈々子はうっとりしているが、その視線は慕っている相手に対してのものであることをその時の修はまだ知らなかった。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次