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異能性世界

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「修さんなら、私の話を笑わずに聞いてくれそうな気がしたからですね。私のことを真剣に見てくれているのが分かるから……」
 と嬉しいことを言ってくれる。
「その気持ちは、僕は絶えず、まりえちゃんに抱いているつもりだよ」
 優しく言うと、すでにまりえは涙目になっているのを感じた。想像以上に感受性の強い女の子のようだ。
「その気持ちだけでも嬉しいです。私、子供の頃から、人と話をするのが苦手で、話題というとどうしても突飛なことになってしまうことが多かったので、まわりから、胡散臭いって言われていたんです。だから、普通にお話を聞いてくれる人は、まわりにいなかったんですよ」
「その気持ち、分かる気がするよ。確かに僕も、子供の頃、同じような気持ちになったことがあったからね。それで人を嫌いになったこともあったし、人から嫌われたこともあったんだ。だから、話を聞いてくれる人、そして、僕が考えているのと同じ考えを話してくれる人にいつかは出会えると思いながら、なかなか出会えないのは、寂しかったんだよ」
「私は最近、自分を知っている人が減ってきているような気がしていたんですよ」
 急に神妙な顔になったかと思ったまりえが、そんなことを口にしたのだ。
「どうしてなんだい?」
「こんなこと、他の人には話せないんですけど、修さんなら信じてくれそうな気がするんです。最初は寂しさからだと思ったんですけど、確かに自分を知っている人が減ってきているような気がするんです」
 自分にだけ話せると言われると、さすがに嬉しいものだ。
「それは、まりえちゃんが知っている人が減ってきているということなの? それとも、まりえちゃんは知っているんだけど、相手がまりえちゃんのことを知らないという人が減ってきているということなの?」
 同じ言葉でも、内容はまったく正反対だ。
「私が知っているんだけど、私を知っている人が減ってきているんですよ」
 どうやら、後者のようだ。
 どちらも、イメージとしてはヘビーだが、自分が知っていて、相手が知らないというのは精神的なショックが大きい。忘れられていると言う可能性よりも、知らない世界に飛び込んでいることに気付かないという方が怖いのだ。
「知らない人がまわりにいるのも気にはなるけど、でも知っている人が普通にいれば、気にはならないよね。でも自分が知っている人に対して、相手が自分を知らないというのは、同じ環境でも、そこには違った世界が広がっているイメージだよね」
「パラレルワールドという言葉をご存じですか?」
「知ってるよ。SFなんかで出てくる言葉だよね。同じ環境であっても、次の瞬間には、無限の可能性が開けているってイメージが僕にはあるんだ」
「私は、時々同じ日を繰り返しているんじゃないかって思う時、パラレルワールドを思い出すんですよ。一日が終わるとどこに出てくるか分からない。それが前の日であったとしても、不思議ではない気がしてですね」
「毎日が、規則正しく刻まれていることの方が奇跡に近いと思ったことがあるんだけど、その発想に似ているのかな?」
「そうかも知れませんね。パラレルワールドを考えていると、自分のことを知っている人が少なくなったことも説明が付く気がするんです。でも、パラレルワールド自体を信じない人も多いでしょうけどね。それでも、パラレルワールドを理解することは難しくないと思うんですよ。今までに合点の行かないことに直面したことのない人など、いないはずですからね」
「理解しがたいことをすべて一つのことで解決させようというのは、無理なことだと思うんですけど、一つのことを少しでも理解できれば、他のことも理解できてくるような気がしてくるから不思議なんですよね」
「その通りですね。やはり修さんとは気が合うんでしょうね。他の人に話せないことでも修さんには話せるんですよ」
 修は、少し話の流れを変えてみようと思った。同じ日を同じように繰り返している中でも、少し違った見方があったからだ。
「私は、同じ日を繰り返していると思っているんですけども、まったく同じだとは思えないんですよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「例えば、同じように同じ時間に、目の前を車が通過したとして、その車の色が違っているとか、少しでも違うことがあると、そこから、違った変化があるような気がするんですね」
「それは車の中に乗っている人が違うとか?」
「車の色が違えば、当然中に乗っている人も違っているでしょうね。そのことに気付くか気付かないかで、その先の展開も違ってくる」
「ということは、車の色の違いに気付くということは、どれだけ困難かということを意味しているのかも知れないですね」
「そうなんだよね。だから、一つでも記憶の糸が違っていると、意識は繋がらなくなってくる。実際に繋がらなくなった意識もあるかも知れないんだけど、そんな意識はない。都合の悪いことは忘れてしまうか、記憶という括りで一つに封印されてしまっているかも知れないね」
「私は、封印できる記憶というのは限られていると思っているんですよ。人によっては無限にあるんじゃないかって思っている人もいるかも知れないですけれども、思ったよりも小さい気がするんですね。だから少しでも広く見せようと、辻褄の合わないことは消して行っているんじゃないでしょうか。もちろん、記憶を消すのは自分本人なんですけど、それも無意識でないと意味がないように思うんですよね。同じ日を繰り返しているように思うのは、本当はパラレルワールドなんかじゃなくて、封印できる記憶の限界を、自分で探っているからではないかって思うこともあります」
 まりえの意見に、なるほどと思うところがあった。確かにパラレルワールドの存在を否定はできないが、それらすべてをパラレルワールドのせいにしてしまうのも乱暴な気がしていた。まりえの考えているように、自分の感覚の中にあるものこそ、パラレルワールドでしか解決できないことを理論として解決するための意識が、存在しているのではないだろうか。
 ただ、逆も考えられる。パラレルワールドの存在を信じているからこそ、まりえのように封印できる記憶の限界などという発想が生まれてくるのだろう。その考えが、パラレルワールドを気持ちの中で立証しているのかも知れない。
「同じ日を繰り返しているかも知れないと思っている人って、結構いるんじゃないかって思うんですよ」
「どうして、そう思うんだい?」
「修さんも同じことを考えていたんだって、思うんですが違いますか? しかも、ここ二、三日の間にですね」
「まさしく、その通りだね、同じ匂いのする人を分かるという感覚なのかな?」
「そうかも知れません。私は他のことには、あまり自信が持てる方ではないんですけど、このことに関しては、なぜか自信があるんですよ。でも、だからといって修さんに声を掛けたのは、このことだけじゃないからですね」
 そう言って、まりえは舌を出し、おどけて見せた。そんなところが可愛らしさを誘う。それがまりえを好きになった理由の一つでもあった。おどけた表情は幼さやあどけなさを感じさせ、修の気持ちを落ち着かせる効果があるようだ。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次