異能性世界
「そういえば、少し違った気がしましたね。一番違ったのは、私の目の前に修さんがいなかったことですけどね」
「そう言ってくれると嬉しいんだけど、でも僕も今日ここに来て、こうやって話をするのは、本当に久しぶりって感じがしたんだよ」
「そうですか? 私は昨日会わなかったわりには、いつもと変わらない感覚ですよ」
実は、修も本当はまりえと同じ気持ちだった。
「でもね、確かに最初は久しぶりだって気がしたんだけど、今はついさっきまで話をしていて、少しだけ休憩が入ったくらいの程度にしか時間が経っていないような気がするくらいなんだ。それだけ、俺がまりえちゃんを意識しているということかも知れないね」
遠回しの告白にも聞こえるニュアンスの話し方をしたが、
「私も同じ感覚ですね。私も修さんを意識してしまうと、昨日のことなのに、まるでさっきのことのように思えるくらいなんですよ」
告白に対して素直に返してくれたが、その中で修の感じている疑問に対しての回答は、得られることはできなかった。
「嬉しいことを言ってくれるね。でも暖かい気持ちになれるのは、目の前にまりえちゃんが立ってくれているからなんだよ」
「そばにいるだけで存在感を感じさせてあげられるなんて感激です。私ももう寂しくなんかないと思っていますよ」
まりえを好きになった自分を本当に誇らしげに思う修だった。
――こんなにいじらしく、そして慕ってくれている女の子を好きになったなんて、まるで夢を見ているようだ――
夢を見ているようだなんて言えば、まりえに失礼だ。しかも夢というのは、最近修にとって微妙な感覚になりつつある。夢を意識していることが自分にとっていいことなのか悪いことなのか、分からないからだ。
今までに好きになった相手と、まりえは明らかに違っていた。今までに好きになった相手にもいろいろ好きになったパターンがあったが、一番気になったのは一目惚れをした相手だった。
実際に、今でもその時の彼女を思い出すことがある。夢に出てくることもあり、あの時の感覚を思い出させるのだったが、目が覚めてしまうと、しばらくボーっとしていないと、過去の記憶を封印できなくなってしまいそうに思うのだった。
記憶を封印するということは、修の中で重要な役目を示している。
記憶が封印できないと、後から入ってくる記憶が入りきらなくて、表に出ている意識がパンクしてしまうのだ。それでなければ、完全に忘れていくしかない。
だが、修の性格は、完全にものを忘れることのできない性格である。
「いらないものを簡単に捨てることができれば、本当にいいんだけどな」
という意識があるほど、必要なものと不要なものとの切り分けが苦手だったのだ。整理整頓ができないと言ってしまえばそれまでなのだが、もう少し取捨選択ができれば、性格的にも落ち着いてくるはずだと思っている。
「捨てるものが分からないほど、たくさんのものを生み出しているんだ」
という考えは、自分本位なのだろうが、そうやって自分をごまかしているところがあるのも、修の悪い性格の一つでもあった。
何を捨てていいか分からない間は、まだまだ発展性のある性格だと思った。ただ、前ばかりを見て、後ろを振り返ることをしないのは、若いうちであれば、それでもいいのだろうが、三十歳になっても、それでいいのかどうか、最近では自分でも疑問に思うのだ。
まりえに限らず、今度人を好きになったら、少しは変わるだろうと思っていたが、根本的な性格が変わるわけではないので、そう簡単には変わることはない。
長所の裏返しが短所であり、短所の裏返しが長所だと言う話をよく聞くが、確かにその通り、短所を治すことばかりを考えるのではなく、長所を伸ばすことで、短所を補えればそれでいいのではないだろうか。
そう思っていると、いつの間にか短所が治っているということもあるのではないかと思うのだが、間違いではないように思えたのだ。
まりえとの仲が深まってくる中で、修は今までに見たまりえの夢がよみがえってきた。忘れてしまっていたと思っていた夢だったが、その内容は大したことではないものが多かった。
忘れてしまっても仕方がないと思えるような夢だったが、その時は確かに新鮮で、夢に見るほど、まりえを好きになったという証拠だった。
デートで遊園地に出かけたり、ショッピングに出かけたりというもので、それは中学時代に初めて異性を意識し始めた頃に感じた淡い恋心が想像できるデートのパターンだったのだ。
今から思えば、赤面してしまいそうな夢だ。三十歳にもなるのに、まるで中学生のデートを思い浮かべるなど、それこそ封印して忘れてしまいたいような夢である。
ということは、今までに封印してしまった夢の中には、同じように今から思えば赤面してしまうような恥かしい夢を見たというのも、かなり含まれているのかも知れない。そう思うと、夢も限られた意識の中でしか見ることのできないものなのだろう。
「夢とは潜在意識の見せるもの」
と言われるが、まさしくその通りだ。
自分で可能だと思うこと以外を見ることなど不可能であり、潜在意識がどれほど浅いものであるかということを思い知ることにもなるのだろう。
子供のデートであっても、それが憧れとしてずっと残っていて、子供の頃から抱いていたイメージをそのまま映し出した相手が自分の好きなタイプの女の子だとすれば、好きになる相手のパターンは限りなく狭まれているに違いない。
今まで好きになった女性もその類を漏れず、ある程度のパターンに沿った女の子だったのだ。
就職してすぐ、一目惚れした女性に対しても、同じイメージだったのだが、相手が結婚を考えていたことで、まったく違った感覚に出来上がった恋愛は、うまくいくはずもなかった。
まりえは、まさしく学生時代からずっと抱いてきた好きなタイプの女性そのものである。一目惚れまではしていないが、それに近いものはあったはずだ。
初めて好きになった人を思い出してみると、まりえと完全にダブっている。最初に好きになった人、あるいは初恋の人がそのまま自分のタイプの女性としてイメージされることは往々にしてあるのだろうが、修はまさにそのパターンに嵌っていた。
まりえは昨日、修がいなかったと言ったが、修にしてみれば、目の前にいたまりえはいつものまりえではなかったイメージがいまだに頭の中にある。違ったと言っても、まったくの別人ではない。まりえのイメージを残したまま、雰囲気が違った。まりえに対して雰囲気が違えば、それはまったくの別人となるのだ。
「俺は、今日が昨日のような気がするんだけど、おかしな感覚だよね」
まりえに対して、あまり刺激しないような言い方をしたつもりだったが、それはこの間話をした内容に少し発展性を加えた形だった。だが、まりえにも思うところが多々あるようで、
「そうなんですよ。私も時々感じることがあるんですけども、まるで夢のようなお話だと思うので誰にも話さなかったんですけどね。でも、修さんにはそのうちに話そうと思っていたんですよ」
「どうしてだい?」