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異能性世界

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 と思うと腹が立ってくる。付き合っていた時間を無駄だったと思っているのではないかと思うくらいで、それを修が感じる分にはいいのだが、本人たちが感じてしまっては、本当に失望させられると思ったのだ。
 だが、そんな彼女がほとんど見せたことのない笑顔を、修は知っていた。あれはアルバイトで偶然に一緒になった時のことだった。すでに彼女は別れた後で、少しショックな時期があったのを乗り越えてすぐのことだった。
「あら、秋山君じゃないの。久しぶりだわね」
「本当に久しぶり、元気だった?」
「ええ、元気だったわよ」
「それはよかった」
 短い会話だったが、普段会わないところで偶然出会ったことがよほど新鮮だったのか、まるで子供のような笑顔を見せてくれた。誰もまわりは知っている人もいない中で、知り合いを見つけることが、彼女にとって、本当に新鮮なことだったのだろう。まるで砂漠でオアシスを見つけたような気分だったに違いない。
 それから二人の仲は少し近づいた。だが、付き合おうという気には修はならなかった。好きだと言う気持ちに変わりはない。却って強くなったくらいだ。それなのに、なぜ付き合おうと思わなかったのか、それは、彼女が修にとって、「侵すことのできない存在」になってしまったからだった。
 彼女も、
「付き合ってほしい」
 とは言わなかった。もし、あの場面で付き合おうと言っても長続きはしなかったのではないだろうか。ただ、彼女の寂しいという気持ちに乗っかって口説いたとしても、それは本当の愛の形ではないからだ。
 そんな彼女が寂しさの中だとはいえ、見せてくれたあの笑顔。それが修には忘れられないでいた。付き合う必要はあの笑顔を見た時点でなくなってしまったのかも知れないと思ったほどだった。その時の笑顔がまりえの笑顔に浮かんだ。
 あの時の彼女の笑顔に感じたのは、
「寂しさを含んだ、それでいて慕いたい気持ちを表に出した笑顔」
 というイメージだった。
 まりえにも同じものを感じたが、今のまりえの表情のどこに、寂しさを感じるというのだろう。大学時代には、失恋という明らかに寂しさを含む理由があったのだが、目の前にいるまりえからは、そんな表情は浮かんでこない。
――リナが言っていた、俺を好きになってくれる女性が現れるというのは、まりえのことではないのかな?
 リナの言葉を反芻しながら、自分を好きになってくれる女性を思い浮かべていると、浮かんでくるのは、まりえしかいなかった。他に誰かいるとしても、今は思い浮かばない。まずは自分の気を込めた視線を、まりえに送り続けるしかないのだ。
 会話もなく相手を見続けていると、結構疲れるものだ。視線だけを一点に集中していると、視界が狭くなってくる。遠近感がマヒしてくるようで、遠くに見えてくるのだった。しかも次第に暗くなってくるようで、立ちくらみに似た症状が、また戻ってくる気がしてきた。
 たまに視線を逸らすと、元通りの状態に戻るので、再度見つめると、今度は相手がやっと視線に気付いたようだ。最初に浴びせていた視線は何だったのだろうかと思ったが、視線を集めているようでも、相手に感じさせないものではまったくの無意味である。ただ、それだけ視線を凝縮しないといけないということなのかも知れない。最初の視線は、まだまだエネルギーとしては足りないものだったのだろう。
「修さん、どうしたんですか?」
 何事もないような視線を向けたまりえだったが、顔は心なしか赤みがかっていて、その様子からは、純真無垢な雰囲気が感じられた。
「いや、まりえちゃんを見ていると、視線を離すことができなくなってしまってね」
「私も、修さんに見つめられると、ドキドキしてくるんですけど、何だか安心感もあるんですよ。包み込まれると言う感覚なんでしょうか」
 声は大きくないので、まわりには聞こえていないだろう。それでも、まわりを意識することなく大胆なことを言ってくれるまりえがいとおしく、これがリナの言っていた自分を好きになってくれる人の存在を認識させてくれるものだと思うと、修も安心感のある表情を、まりえに返しているのだろうと思うのだった。
 それにしても、こんなに簡単に自分を好きになってくれる人が見つかるとは思わなかった。もし、修がもう少し欲のある男であれば、
――もっと他にも俺のことを好きになってくれる女の子がいるかも知れない。何もまりえ一人で満足することもないんだ――
 と思ったことだろう。
 今まで自分のまわりに、自分を意識してくれる女の子がいなかったこともあって、女性に限らずまわりに対して卑屈になっていた自分にも、運が向いてきたという考え方もできる。そう思うと、まりえ以外にも他に好きになってくれる女性がいるかも知れないと思うのも無理のないことで、探してみようと考えたとしても、それが悪いことだとは思いたくない。
 要は、どちらが自分に正直なのかということであろう。
 修は、自分がそれほど女性にモテる方だと思ったことはないので、自分の信条は一人の女性を大切にすることだと思っている。たくさんの女性と仲良くなるのが悪いことだとは思わないが、自分には似合わない。まず、それだけたくさんの女性の気持ちを分かるだけの技量がないとできないからだ。
 確かにたくさんの女性を相手にしている人は、「遊び人」だというレッテルを貼ってしまうが、レッテルを貼るにしても、それだけたくさんの女性のことを分かっているという証拠であり、尊敬に値するものではないかと思うくらいだった。
 修にはたった一人の女性であっても、相手の気持ちを分かってあげられるだけの技量が自分にあるかどうかすら怪しいと思っている。
「あなたは女心が分かっていないわね」
 大学時代に付き合っていた女性から言われたことがあった。
「あなたとはお友達以上には思えないのよ」
 と言われて、
「じゃあ、お友達から、やり直そう」
 と、すぐに答えた時、彼女は溜息を突きながら、
「あなたは女心が分かっていない」
 と言われたのだ。
 今から思えば、お友達以上に思えないということは、別れの常套文句であることはすぐに分かるが、その頃は分からなかった。ウブだったと言えばそれまでなのだろうが、女心というのを分かってもいない人と付き合っていたと思った彼女は溜息の一つもつきたかったのだろう。
 しかし、その時の女心というのは、今でもハッキリとは分からない。彼女からすれば、ハッキリと別れようと言わなかったのは、相手に対しての思いやりのつもりだったのだろうが、修としてみれば、
「別れを切り出すのなら、ハッキリそう言えばいいじゃないか。回りくどい言い方をされても、分からない。そっちこそ、言いたくないことをオブラートに包んで言ったことで、罪の意識を少しでも少なくしようと思っているんだろう。ということは、罪悪感を少なからず持っているということだ。罪悪感があるなら、ハッキリ言えばいいんだ。あなたが嫌いになったから、別れようって……」
 と言いたいくらいだった。
作品名:異能性世界 作家名:森本晃次