小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集27(過去作品)

INDEX|20ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 おじさんのところで聞いたおばあさんの話、あれも今となっては昔話を聞かされたような気がしてならない。同じ場所で、何十年も経ってから同じことが起こったのだ。いや、その間に知らないだけで、同じことが頻繁に起こっていたのかも知れない。少なくとも二回は起こったのだ、それ以外にもあったと考えるのが自然である。
 途中にあった西洋屋敷、その前は墓地だったというではないか。墓地に西洋屋敷、新宮にとっては記憶の中から切り離すことができないものである。それにしても墓地を違う場所に移してまで、その場所にこだわって屋敷を建てた神経が新宮には分からなかった。
「いろいろな人がいるからね」
 おばあさんは言っていたが、とてもそれだけで説明できることではない。
 西洋屋敷もまるで吸血鬼が出てきそうな屋敷だったことを、墓地の話を聞きながら思い出していた。白壁で日の光が当たっていれば暖かいのだろうが、夜のしじまの中では中からドライアイスのような冷気があふれ出しそうである。
 墓地といっても外人墓地風だったらしい。ひょっとすると、当時のことだからまだ土葬が許される。土葬が許されるということは、人魂のような炎が揺れていても不思議はない。さぞかし不気味に見えることだろう。
 昼間はピアノの音が絶えない西洋屋敷、じっと聞きながら中を見ていると、吸い寄せられるような気持ちになるかも知れない。いつも通りかかる時は同じ時間とは限らないのに、弾いている曲は同じものだった。最初こそ同じ曲をずっと練習しているのかとも思ったが、何日も同じなのだ。しかも、いつも同じところに力が入っているように思う。まるでエンドレスでテープレコーダーを聞いているようだった。
――そこを通りかかる時だけ、いつも同じ時間なのでは?
 それは実際の時間という意味でなく、新宮と屋敷の女の子との間の時間という意味である。ただの偶然だと言われればそれまでだが、二人の間に特別な時間が存在するのではないかと感じてしまうのはなぜだろう。
 そう考えると自分の中に特別な時間があって、いつも規則的に刻んでいる「時」とは違うように思う。それは相手に合わせる時間なのか、相手が合わせてくれる時間なのか、波長が奏でる時間のように思えてならない。
「開けてくれ!」
 思わず夢で叫んでいる。うたた寝をしていて叫んでいると指摘されたこともある。一度や二度の夢ではないのだろう、潜在意識の中で深く刻まれたトラウマなのだ。
 それにしても、開けてくれとはどういう夢なのだろう。覚めてからおぼろげに気持ち悪い夢を見たということは分かっているのだが、どんなシチュエーションで、何に対して開けてほしいと叫んでいるのかは分からない。空き地で遊んでいたイメージが強いのだが、過去の記憶をどう紐解いても、
「開けてくれ」
 というイメージに結びつくことはなかった。
――記憶が抜けている――
 まるでタイムスリップのようだ。美奈と話した時の「時間」についての話を思い出した。自分の意識の中にまったく知らない時間が存在しているという話である。記憶の抜けた時間が自分にとって、とても大切なもののようで気がかりだ。
 叫んでも誰も気付かない。自分の気配がまわりには見えないのだ。まったく光を発しない星、石ころのような存在、そんな考えが頭をよぎる。
 夢の中の自分は、そんな自分だと言えなくはないだろうか。いや、夢の中の主人公である自分、そして夢を見ている自分、それぞれ違う自分が存在する。あくまでも、自分は夢を見ている自分なのだ。
 その自分が気配のない自分である。美奈の言っていた、
「あなたの知らない世界なのかもね。逆にあなたは私たちの知らない世界を見たのかしら?」
 という言葉を思い出した。見たはずの世界を、引き戻された現実では覚えていない。それだけ夢の世界が遠い存在なのだろう。
「見てはいけないものだから見たくなる」
 これは皆共通なのだ。だから防空壕に入っていった友達の気持ちも分かるし、出てきて記憶が飛んでしまっているのも、タブーを破ろうとした者に対しての、自然と摂理の怒りなのかも知れない。
 おばあさんは三年前に亡くなったのだが、いよいよ意識が朦朧とし始める前に不思議なことを言っていたという。
「両方向から人を見ることができれば、それは素晴らしいことなんだけど、それができてしまうと、もう、その人は本当の自分ではなくなる」
 まるで禅問答のようだが、新宮が気になったのは、
「本当の自分」
 という言葉である。
 元々小さい頃から冒険心のなかった新宮は、最初それが不思議で仕方がなかった。子供なのだから、
――もう少し冒険心があってもいいのではないか――
 と自分に言い聞かせていたが、なぜか考えるほどに冷めてくるのだ。最初はそれがなぜか分からなかった。だが、夢を見ている時の傍観者としての自分を感じ、さらにはおばあさんの話を聞くことで、自分の中にもう一人の自分がいることを確信したのだ。
 逆に小さい頃に冒険心の薄かったことが、おばあさんの話を裏付けていると言ってもいい。
 とても暗い世界、そして気配のない世界。それは寝ている間の、夢を見ていない時ではないだろうか? 夢を見ている時は内容を覚えていないにしても、自分が傍観者であることは意識している。そして夢の中の主人公であることも……。
 時々、現実の世界でも自分がそんな存在ではないかと思うことがある。無性に暗い世界をイメージしたり、狭い世界から抜け出したいと思いながら、もがいている自分を見ている気がする。
「開けてくれ!」
 と叫ぶ夢、これは小さい頃から見続けている夢だった。いろいろ思い出してみると、空き地の近くにあった防空壕、一度も見たことがないのに、イメージが湧いてくる。
「私は実際に見たりしたものでないと、実感が湧かないんだ。聞いただけだと想像することすらできない性格なんだ」
 まわりの人にそう公言している新宮であるが、おかしな性格だとは思っていない。見たこともないのに想像できる方が、新宮からしてみれば、よっぽど信じられないことだったのだ……。
 まわりを人がたくさん取り囲んでいる。その表情はさまざまだ。だが、一様に悲しそうに見下ろしている。赤くなった目頭を押さえている人が多い。女性などのむせび泣くような声が響いていて、どうも尋常な雰囲気ではない。
 その中に一人、見たことのある人がいる。その男は覚めた目で見下ろしているが、どこか唇が歪んでいて、ほくそえんでいるように見える。
――その表情をほくそえんでいると感じることができるのはきっと自分だけだろう――
 新宮はそう感じていた。
 予知夢を見ることができても、覚えていることがないのは、きっと夢の世界がそれを許さないからだろう。それは夢を見る人全員ということではない。限られた人間だけではないだろうか。
 その中の一人に新宮がいる。
――過去に何かトラウマを持った人間は予知夢を見ても、それを覚えていることを許されないのではないか――
 と、新宮は感じている。当たらずとも遠からじではないだろうか。
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次