怒りの交差
少なくとも隆二は生まれ変わるとすれば、人工のものでは嫌だった。せめて自然界に存在しているものであるなら、いるかどうか分からないが信じられている神様が作ったと思えるからだ。人と関わりたくないと思っている隆二は、絶対に人工の寿命だけは嫌だったのだ。
――石ころだったら、いいかも知れないな――
石ころというと、目の前にあっても、誰にも意識されることはない。その存在を意識されることはない。
人に蹴飛ばされても、無意識に遊ばれても何も言えない。しかし、考えてみれば、人間も石ころのことなど考えていないわけだから、何を考えたって自由なんだ。
――石ころほど自由なものはない――
ただ、それも相手が人間だから言えることだ。
もし、人間以外の動物、たとえば犬のような人間と話のできない動物であれば、石ころと話ができるかも知れない。お互いに人間を冷めた目で見ていて、それぞれの気持ちを語り合って、人間をバカにしているのかも知れない。
人間は、
――自分たちほど高等な動物はいない――
と自惚れているが、本当にそうだろうか?
同じ人間でも種族が違えば会話すらまともにすることができない。だからこそ戦争などというおろかな行為をして、自らで殺しあうのだ。
ただ、人間の罪はそれだけではない。
自分たちが殺しあうだけではなく、自分たちの都合での殺しあいに他の生物を巻き込んだりする。兵器開発に動物実験を行っているのがその証拠だ。
――自分たちさえおければそれでいい――
隆二が人と関わりたくないと漠然とであるが考えていたのは、そんな人間という種族が嫌いだと思っていたからなのかも知れない。
もちろん、そんなことを誰かに話すことはしない。してもバカにされるだけだ。だから、人と関わりたくなくなり、一人の孤独な時間を好きになる。
だが、人間というのは、ずっと孤独ではいられないようにできているのか、たまに無性に人恋しくなるのだろう。
そんな時に現れたのがつかさであり、隆二にはその時のつかさが、天女に見えたのかも知れない。
――いや、竜宮城だったので、乙姫様なんだろうか?
と感じた。
乙姫様は隆二に玉手箱を渡さなかった。その代わりに隆二の心につかさは何かを残したようだ。その思いが時間に対しての感覚を鈍らせ、錯覚を生みだすことになったのかも知れない。
――つかさは死んでしまったのだろうか?
と思った時、
――ひょっとして、彼女は別の時代からやってきたのでは?
というSFチックな発想が思い浮かんだ。
隆二が生まれ変わった時の発想の中で、生物ではない石ころを思い浮かべたのも、つかさという女性に出会って、恋をしたからではないかと、自分に語りかける。
それは隆二本人ではなく、自分の中にいるもう一人の自分だった。
――隆二さん、あなたは、自分の思う通りに生きればいいのよ――
と聞こえた気がした。
それは天使のささやきであり、決して悪魔のささやきではなかった。
もし、これが他の人であれば、きっと、
――悪魔のささやきではないか?
という疑問を抱くのだろうが、隆二にはそんな思いは欠片もなかった。
自由という言葉が何を意味するのか、隆二には分からなかった。他の人であれば、
――甘い言葉の裏には、何かが潜んでいる――
と一度は考えるだろう。
甘い言葉を鵜呑みにする人でも、一度は疑念を抱くはずである。
逆に疑念を抱いたことで、自分が一度は省みたという安心感が芽生えてしまい、それ以降自分に疑いを持たなくなるという欠点もあるのだが、そんなことを気にしないようになると、人間は自由という言葉に甘えてしまい、何でもできると考える。
ここまで来ると、もう発想の後戻りはできない。
――なぜなら、自分を納得させてしまっているからだ――
といえるからではないだろうか。
自分を納得させてしまうと、人間はもう後戻りはできないことに気付かない。それが人間という動物の一番弱いところであると言えよう。
もう一人の自分は、
――自由に生きていい――
とは言わず、
――思う通りに生きていい――
と言った。
これは自由を肯定しているわけではなく、自分に正直に生きることを促した。もし自由が正直に結びつくのであれば、
――自由に生きていい――
というだろう。
隆二はこの時、
――自由と正直は違うんだ――
と再認識した。
以前にも同じことを考えたように思ったが、それがいつだったのか、思い出せないでいた。
だが、友達の一言を思い出すと、その時の会話も少しずつ思い出されてきた。今隆二は人と関わりたくないという理由で、その友達とはしばらく疎遠になっているが、中学時代の唯一と言っていいくらいの友人で、親友と呼べる相手だった。
彼にだけは、つかさの話をした。さすがに、最初は話が重たすぎたのか、友達も言葉を失っていたようだったが、一通り話をすると、
「浦島太郎の話を思い出すよな」
と言われた。
「そうだろう? 自分では少しの間だったと思っていたのに、想像以上に時間が経っていたというのは、まるで浦島太郎の玉手箱を彷彿させる話だよな」
と言うと、
「いやいや、そうじゃないんだ。俺が言いたいのは、時間の感覚の話ではなく、浦島太郎という話の問題なんだよ」
「どういうことだい?」
「これは、以前に読んだ本に書いてあったんだが、その本は浦島太郎のようなおとぎ話の中で矛盾があったりするのを指摘している趣旨の本だったんだ。その中で浦島太郎のことも書いていたんだが」
「何て書いていたんだい?」
と聞くと、
「浦島太郎のお話というのは、砂浜で苛められている亀を助けた浦島太郎が、助けた亀からお礼だと言われて、亀の背中に乗って竜宮城に行くお話しだろう?」
「そうだよな」
「その時、呼吸をどうしていたんだとか、どうしてお礼だって分かったんだとか、どうして、得たいの知れない亀を簡単に信用して、亀の背中に乗ったんだとか、そもそも、亀が人間の言葉をしゃべれるのかとか、いろいろ細かいことを言えばキリがないんだけど、問題はそこから先なんだよ」
隆二は、友達が何を言いたいのか考えていた。
友達は隆二の表情を垣間見ながら、話を続けた。
「竜宮城に到着すると、鯛やヒラメが歓迎の踊りを見せて、乙姫様が現れる。そして、数日間を、夢のような生活を送る浦島太郎は、そろそろお暇したいと言い出した。その時、乙姫様から、決して開けてはいけないと言われて、玉手箱をもらうんだよね。そしてまた亀の背中に乗って元の海岸に戻ると、風景は変わっていた。自分の知っている人は誰もおらず、そこが自分の知らない世界であり、未来であることを徐々に知ることになる。途方に暮れた浦島太郎は、開けてはいけないという玉手箱を開けて、おじいさんになってしまったというお話だよね」
少々違うところもあるのかも知れないが、おおむね間違っていない。もし間違っているところがあるとしても、それは隆二も知らないところである。
「そうだと僕も認識しているよ」
というと、