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怒りの交差

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 つかさのことがそれからずっと頭を離れなくなってしまった。なぜなら、つかさの家に遊びに行ってから、つかさに会うことはなくなってしまったからだ。つかさの別荘があったところに行ってみたが、そこには空き家が一軒あるだけ。あの時の屋敷に似てはいるが、本当につかさの別荘だったのか、自分でも分からない。
――気になっているのに、つかさの記憶が次第に消えていくようだ――
 そのうちに、何に気になっているのかということが分かってきた。
――つかさ自分のことが気になっているというよりも、彼女がこの世に本当に存在した人物なのかということが気になっているんだ――
 その思いを彷彿させるかのように、彼女の家から帰ってきてから感じた。一日単位の時間の感覚と、数日で見た時の一日単位の感覚で違いが生まれたことが、さらに意識の中から離れなくなっていた。
 その思いは中学時代、ずっと続いていた。
 高校生になると、感覚が一変した。あれだけ気になっていた時間の感覚の違いが、漠然としてきたのだ。感覚がマヒしてきたというのか、同じ日を繰り返したとしても、そのことに気付かないほど、毎日を漠然と過ごすようになっていた。それは中学時代に感じた時間の感覚の違いへの執着に対しての反動があったかのようである。
 つかさのことも頭の中から消えかけていた。彼女の存在がこの世にもたらしたことが気になっていたくせに、今では顔すら思い出せないほどだった。
――元々は、シルエットの中で見た顔だったので、彼女の顔を思い出そうとすると、最初に浮かんでくるのはシルエットなんだ――
 と感じ、それ以降はすっかりイメージが浮かんでこなくなっていた。
――やはり、彼女の存在は架空だったのかも知れない――
 とさえ思うようになり、
――架空だと思えば、時間の感覚も錯覚だったとして、元に戻すことができるかも知れない――
 と感じた。
 高校生になると、それまでよりも増して、人との関わりが煩わしく感じられるようになった。
 実際に人と関わっていないくせに、関わることを気にしている。必要以上に気にしなくてもいいことを気にするようになったという自覚が生まれてきた。
 しかし、考えているうちに、本当に必要以上に気にしているのは、今に始まったことではなかったことに気がついた。中学生の頃もそうだった。特につかさに出会ったあの頃はひどいもので、
――そんあ思いがあったから、俺はつかさに出会ったんだ――
 と感じた。
 つかさのことは頭の中で風化していったが、自分を納得させる何かを考える時、頭の中に最初に浮かんでくるのはつかさのことだった。
――俺はつかさをやはり気にしているんだろうか?
 と思ったが、あくまでも自分を正当化させるためであり、自分を納得させるものでしかなかった。
――本当は忘れたくない――
 と思っていたのかも知れない。
 つかさという女性の存在は、高校生になると風化していくように思えたが、気がつけば彼女のことを考えていると感じたのは、きっと無意識に彼女を思い出しているからであった。
 それは、自分が無意識という時間を欲していて、何も考えていない時間というのを創造していたからではないだろうか。だから、彼女のことを漠然と頭の中で抱くようになり、忘れてしまったことにしようと思ったのかも知れない。
 無意識という時間が自分にどのような影響を及ぼしているのか、その時は分からなかった。しかし、
――絶えず何かを考えている――
 という時間の存在に気付いた隆二は、自分の中にもう一人誰かが存在していることを悟った気がした。
――まさか、つかささんが?
 そんなバカなことはないと思いながらも信じてしまうのは、やはり無意識に絶えず何かを考えようとしている頭に原因があるのではないだろうか。
――俺って頭痛持ちなんだろうか?
 と隆二が感じるようになったのは、高校生になった頃からだった。海の近くに住んでいて、昔から潮風が苦手だということを自覚していたのに、何も自分の身体に変調がなかったことで、潮風をあまり気にしないようにしていたが、頭痛持ちだと感じた時から、
――なるべく余計なことを気にしないようにしよう――
 という無意識な感情が生まれたのは事実だった。
 きっとその感覚が、
――漠然とものを考える――
 という感覚に至ったのだろう。
 もう一人の自分の感覚、漠然とものを考えるようになったこと、無意識という時間を欲するようになったこと。それぞれに何かの因果関係があるように思うが、隆二の中では決して一本の線で結ばれるものではないと思っている。もちろん、それぞれにはそれぞれの因果関係が存在していると思うが、すべてがつながっているとは思えない。そう感じた時、きっと自分の中にもう一人の自分を感じたのだ。
――そういえば、誰かも自分の中にもう一人誰かがいるって言っていたな――
 というのを思い出して、それがつかさだったということに気付くまで、少し時間がかかった。
 つかさの顔は思い出せないのだが、彼女の声を思い出すことはできる。彼女のセリフを思い出す時は、必ずその声を伴っている。だから、つかさの顔を思い出すことができないのに、漠然としてではあるが、頭の中に残っていた。
 忘れたつもりになっていたのは、
――忘れよう――
 という意識があったからで、本当は忘れたわけではない。
 漠然と考えるようになった時期とも重なって、
――顔が思い出せないのであれば、忘れてしまった方がいいんだ――
 と思ったのだ。
 どうしてそんな風に感じたのかというと、それが隆二の初恋だったからだろう。隆二には初恋だったなどという意識はない。淡い思い出だけを残したまま、記憶に残すことができれば初恋としては最高なのだろう。しかし、いきなり目の前から消え、その存在すら信じられない状況の中で、いつまでも覚えていることは自分で自分を苦しめることになると思ったに違いない。
 つかさのことを隆二は思い出しながら、
――人間が生まれ変われるとすれば、俺は誰に生まれ変わりたいと思うんだろう?
 と考えた。
 何も人間にだけ生まれ変われるとは限らない。
――動物なのかも知れない。あるいは植物? まさか石ころなどのような生物ではないと思われるものに変わってしまう?
 いろいろ考えてみた。
「形あるものは必ず滅びる」
 という言葉を聞いたことがあったが、確かに生物ではないものも、最後は壊れてしまう。
 人間や動物などと同じように、寿命が存在する。
 ただ、生き物ではないものも大きく二つに分類することができる。ひとつは元からこの世の中に存在しているもの。そしてもう一つは、人間が作り出したものである。前者は自然界が作り出したもので、後者はいわゆる人工物である。
 人間が作り出したものであれば、その寿命は人間が決めている場合が多い。人間が自分たちのために開発したものであり、家電関係などは、その寿命を企業の利益に照らし合わせて決めている場合が多い。つまり、
――寿命まで人工――
 だというわけだ。
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次