怒りの交差
――そういえば、光が最初の一瞬だけではなく、何度も繰り返し、スパークされていたのを感じた気がする――
正体が、波に照らされた日の光であるということが分かったから、思い出したのかも知れないが、そう思うと、どんどん明るさが鈍ってきて、限界を感じたのも分かる気がしてきた。
――日の光をまともに見たのであれば限界はないのだろうが、波を介して見たのだから、限界を感じたのかも知れない――
と感じた。
しかし、そもそも波を介さずに見ると、目が瞑れてしまうほどの刺激を与えられ、何かを感じるなどということが果たしてできるかどうかという問題がある。それほど日の光というのは、人間に対して大きな影響を与え、
――犯してはならない神聖なものだ――
といえるのではないだろうか。
日の光を感じたため、自転車を操縦することができなくなった。押して歩くしかないと思い、しばらく目を慣らす意味でも、光に対して順応できるように、直接見ないようにしながら、海の方を見ながら歩いた。
今までは、海を意識することはあっても、砂浜を意識して見たりしたことはない。自転車で通り過ぎるだけの場所に、そんな意識を向けるほど、毎日が充実していたわけではない。
それは、毎日に余裕がないということに繋がるのだろうが、本人は至って何も考えていない。毎日を、
――今日は何も起きなければいいんだ――
と、平凡にすごしていた。
平凡が本当は一番難しいということをまだ知らなかった頃のことで、ある意味、一番幸せな時期だったのかも知れない。
ただ、その日は、海を見ながら歩いていると、
――何か新しい発見ができるかも知れない――
と感じていたような気がする。
しかし、これも本当に新しい発見があったから、後になって、その時に感じていたように思ったのかも知れない。
――何かの辻褄合わせのようだ――
と、感じたが、それも後になって、
――前にも同じような光景を見たことがあるような気がする――
という、いわゆるデジャブ現象を感じた時に思い出したのであって、
――デジャブの繰り返し――
を演出していたような気がした。
デジャブというのが、似たような記憶を持っていて、本当に自分の記憶なのか曖昧な時に、自分の意識の辻褄を合わせようとする意識の表れではないかと、本で読んだ記憶があったからだ。
辻褄を合わせようとする意識は、いつも感じている、
――自分を納得させる――
ということに繋がる。
その思いが、中学生のその時から一致していたのだとすると、それこそ精神的な思春期だったといえるのではないだろうか。
海を見ていて、眩しさから目を逸らすと、また白い閃光を感じた気がした。しかし、その閃光は先ほどとは違って、目を突き刺すような痛みを感じるものではない。どちらかというと、やさしさを含んだもので、まるで自分を包み込んでくれているようだ。
目を逸らすどころか、まっすぐに直視して、今度は目を離すことができないほどだった。最初の閃光で今まで痛かった目が癒される形で、目を開けられないと思っていた目が、次第に開いてくるのだった。
目を自分から開こうという意識があったわけではない。開いていく目は、自分の意思に反しているわけではなかったが、意識の中にあるものではなかったのだ。
――自分の意思に反して、勝手に目が開いていくなんて――
目を開いても、決して痛みを感じることがないことを分かっているかのようで、意思にも勝る何かをその時に感じたのであろう。
意思にも勝る何かとは何なのか。大人になってからも、時々考えることがある。
その頃から時々、自分の意思に反して、勝手に身体が動くのを感じたからだ。だが、今ではその理由は分かっていて、それ以上の力が自分に宿っていることを分かるようになると、思い出すのがこの時に感じた二度の閃光だったのだ。
大人になってからのことはさることながら、その時、二度目の閃光のその先にあるものは、最初から分かっていたような気がする。ただ、その最初からというのは、一度目の閃光を感じてからのことであり、本当は途中からなのだろうが、一度目の閃光と二度目の閃光に因果関係の有無は感じるが、場面としては、二つに分解できるものではないかと思うのだった。
白い閃光のその先に、シルエットが見えた。
――なんて細くて美しいんだ――
顔と、足の部分から、それが人間であり、女性であることはすぐに分かった。しかし、胴の部分がまるで針金のように細く、腕よりも細く見えるから不思議だった。
しかし、考えてみれば、シルエットなのだから、逆光に照らされているのだから、錯覚を覚えてもそれは仕方のないこと。問題は、その錯覚から自分が彼女にどのような第一印象を抱くかということで、最初に感じたのはその胴体の細さから、気持ち悪いという思いだった。
「こんにちは」
その声は篭っていて、女性であることは分かったが、いくつくらいの人なのか、想像がつかなかった。しかし、雰囲気からは、自分よりも少し年上くらいではないかと思ったが、次第に目が慣れてくると、そこに佇んでいるのは、やはり二十歳前くらいの女性であることが分かった。
彼女は、白い帽子に白いワンピース、靴まで白く、まさに白い閃光を放つにふさわしい女性であった。
背は思ったよりも高かった。後光のせいで、細身に見えたからなのかも知れないが、必要以上に細く感じないようにしようという錯覚を覚えないための意識が働き、想定以上に背を低く想像していたので、思ったよりも高かったというのは、最初の想定内のことであった。
顔は想像よりも小さかった。背の高さを見誤ったことで、想定のすべてが少しずつ違っていたからなのだろうが、目が慣れてきても、顔の小ささは印象深かったので、本当に顔は小さいのだろう。
挨拶の時に、防止を脱いで、胸のところに置くようにしてくれたのは、お嬢様としての行動だったのか、白いワンピースもフリルのついた高級感を感じさせた。
「こ、こんにちは」
まさか、下校時の海辺で、お嬢様と思しき女性に声を掛けられるなど、想像もしていなかったので、ビックリしたこともあってか、声は完全に裏返っていた。その様子を見て、彼女が、
「クスッ」
と笑ったので、恥ずかしいという思いと、バカにされたかのように思った自分がすでに彼女の術中に嵌っているかのようで、どうしていいのか分からなかった。
ただ、彼女の屈託のない笑顔を見ていると、そんなことはどうでもよくなってきた。癒しを感じさせるその表情に抱かれていれば、ただそれだけでよかったのだ。
「学校は、楽しい?」
といきなり聞かれて、
「いや、楽しいなんて思わない」
というと、彼女は少し悲しそうな顔になり、
「そうなの。学校って楽しいものだって思っていたわ」
と言った。
その表情を見つめた隆二は、
――余計なことを言ってしまったのか?
と感じたが、口から出てしまったものは仕方がないと思い、気分的には開き直っていた。本当は否定しなければいけない場面なのだろうが、否定はしなかった。
その時の心境は案外あっさりとしたもので、
――面倒くさい――
と感じたほどだった。