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怒りの交差

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 そうなると、どこかで彼女との別離を考えなければいけなくなり、別離がジレンマを解消してくれることになるのかどうか、自分でも分からなかった。
 いろいろ考えていると、結局最後は、
――彼女も二十歳になればただの人――
 という結論に落ち着いてしまう。
 彼女がいなくなってしまったから、そんな結論を強引に引っ張ってきたのかも知れない。隆二にとって、今まで出会った女性で印象に残っているのは、つかさだけだったのだ。
 思春期を通り過ぎてからの隆二は、自分が女性を異性として感じるよりも、女性を憧れとして感じている自分にビックリしていた。
――白いワンピースを着てみたい――
 これは最初に感じたことで、その思いの原点はつかさにあるに違いない。
 実際に白いワンピースを着てみたことがあった。幸いにも隆二は男性の中でも小柄で、少し大きめのワンピースであれば着れなくもなかった。ワンピースに袖を通す時のドキドキ感は、今までに感じたこともないような興奮だった。
 最初にワンピースを着てみたのは、高校生の頃だった。さすがに女性用のかつらを持っているわけではなかったので、鏡で見たその姿は嗚咽を催すもので、
――こんな姿、もう見たくない――
 と思ったが、せっかく着たワンピースをすぐに脱ぐ気にはなれなかった。
 肌に纏わりつくワンピースの生地、身体が熱くなるのを感じたが、妙な汗も出てきた。汗を出てきたからであろうか? 身体から異臭がしてくるのを感じた。
 別に、香水を振り掛けたわけでもなかったのに、その匂いは決して嫌なものではなかった。
――つかさに感じた匂いだ――
 あの時、つかさにどんな匂いを感じたのか思い出せずにずっといたが、確かに匂いを感じていたことだけは覚えていた。それが、何も振りかけていない自分がワンピースを着ただけで感じるようになるなんて、
――何かの力が働いているのではないか――
 と感じられた。
――つかさって、どんな女の子だったんだっけ?
 改まって思い出そうとすると、ハッキリとは思い出すことができない。
――新鮮な感じがして、高貴な感じだったな――
 最初に思い出すのは、こんなに漠然としたものだった。
 しかし、この漠然とした思いをきっかけに、どんどんいろいろなことを思い出してくる。それはどうしてなのか、最初は分からなかったが、
――きっと、あれから何度も夢を見ているからであろう――
 と感じるようになった。
 しかもその夢が普通の夢と違い、目が覚めるにしたがって思い出してくるという、
――本当に夢なんだろうか?
 という思いを抱いてしまう夢だったのだ。
 そう考えると、
――夢というものは、一つの種類だけではなく、他にもいろいろあって、自分以外の人は他の種類の夢を見ているのかも知れない――
 と感じてきた。
 夢について話をすることはあっても、それは内容についてであり、夢そのもののメカニズムについて話をすることなどないからだった。
 だが、そのために、他の人が夢についてどう考えているのか分からない。ひょっとすると、夢の種類が一つではなく、複数あるのが当たり前だと思っている人もいたりすると、自分の考えが傲慢なものではないかと思えてくる。
 だが、他の人を見ていると、何も考えていないように思う。もし、絶えず何かを考えている人がいれば、その人の考えている姿は見えてくるものだと思うのだ。見えてこないとするならば、自分がその人によほど興味がないか、相手が他人に意識されないように作為的に感情を隠そうとしているとしか思えない。
 だが、感情などというものは、隠そうとすればするほど、相手に看破されるものではないかとも思え、結局、
――人が何を考えているかなど、見えるわけはないんだ――
 という結論に至ってしまう。
 そうなってくると、人のことなど考えるのは無駄なことのように思えてくることで、
――人に関わるのは嫌だ――
 という考えに至るのだ。
 人に関わるのが嫌だという考えは、漠然としたものから来たものではなく、考えに考えて、考えが一周することで行き着いた先にあるものだといえるのではないだろうか。
 隆二は、つかさの夢を見るたびに、目が覚めてから、いろいろなことを考えるようになった。
 目が覚めるにしたがって夢の内容を思い出していくのだが、完全に目が覚めてしまうと、今度は夢の内容をまた忘れてしまう。
 それは完全に夢の世界から離れてしまい、現実世界に戻ってしまうからであろうが、それよりも、夢についてであったり、自分のことを現実的に考えようとしてしまうからではないだろうか。
 いろいろなことを考えていると思っているは、結局はいつも同じことを考えている。プロセスは違っていても、行き着く先が同じであれば、同じことだと言えるのではないだろうか。
 隆二が目を覚ました時、いつも汗を掻いている。それは夢を見た時でも、夢を感じなかった時でも同じであるが、夢を見た時の方が、圧倒的に汗の量は半端ではないほどにすごいものだ。
 シャツに沁みついた汗は、搾れば洗面器に張ってしまうほどの量である。そんな時、身体に冷たさを感じ、身体全体に重たさを感じてしまう。
 そんな日は、一日を通して、身体にダルさが残っている。
――今日も夢を見るんだろうか?
 と寝る前に感じるが、気持ちとしては、
――夢を見たい――
 と感じる。
 それは、前の日の夢の続きを見たいと思っているからで、本当は夢の続きなど見れるはずがないと分かっていながらの思いであった。
 つまりは、一日を通してダルさの残る汗を掻いた時というのは、決して怖い夢ではなかった。目が覚める時には、
――このまま目が覚めてほしくない――
 と思えるほどのいい夢を見ていたのだ。
 そんな時というのは、夢を見ている時に、
――自分は夢を見ている――
 と感じるもので、それを完全に目が覚めるまで、感じているのだった。
 そんな感覚でいても、目はいつものように覚めるもので、気がつけば出かける準備ができていた。着替えが終わると頭の中は仕事のことでいっぱいになっていて、これもいつものことだった。
 しばし、夢のことは忘れていた。ネクタイを締めると、仕事モードになるからで、仕事をしていると、嫌なことも忘れられると思っていた。
 会社までは電車で行くのだが、毎日の満員電車にはウンザリしてしまう。それよりももっと嫌なのは、駅に向かうまでに見かけるサラリーマンの中に、咥えタバコをしている連中を見かけることだった。
――今の時代、タバコを吸う人の方が珍しいんだから、マナーを守らない人は目立つんだよな――
 と思っていた。
 これは同僚も同じ意見のようで、その同僚はタバコを吸う愛煙家だった。
「タバコのマナーって、一時期はよかったんだけど、また悪くなっているような気がするんだよな」
 と隆二がいうと、
「そうだよな。本当は愛煙家の俺たちとしても、タバコが吸える場所が限られてくるのは非常に辛いんだよ。実際に限られてくることよりも、その分肩身が狭く感じられる方が辛いというもので、嫌煙の人はどう思っているか知らないけど、たまったものではないよな」
 とその同僚は言った。
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次