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怒りの交差

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「お互いに思っていることを言い合って、お互いに納得できるところを相手に感じると、自分が見えてくるのかも知れない」
 と、新見が言っていたが、
「まさしくその通りだね」
 と、克典もその意見を疑う余地もなかった。
「新見さん」
 ともみは、初めて相手のどちらかを指定して声を掛けた。
「えっ?」
 さすがにビックリした新見は、ともみの顔を真正面から見つめて、そのまま凍り付いてしまったかのように見えた。
――これって、彼女の狙い?
 新見に不意打ちを食らわせ、相手の意表をつくことで、彼の本心を見ようと企んだのかも知れないと克典は感じた。
 いつも二人だけでの会話の相手でしかなかった新見が、別の人に手玉に取られかかっているのを見ると、癪に障る気分にさせられた反面、初めて新見を側面かえら見たような気がして、そして、その側面が今まで見えなかったものが見えてくる突破口になりそうで、ワクワクした気分にさせられた。
――ともみという女性、いったいどんな力が備わっているというんだ?
 と、克典は感じた。

                理不尽でマナー違反な連中

 その日は、思ったよりも暑い日で、実に寝苦しい日でもあった。クーラーを入れると、寒くなりそうで、頭痛持ちの人間には、結構きついものがあった。
 前の日は仕事が遅くなって、家に帰るとそのまま着替えもせずに布団に入り込み、眠ってしまったと思っていた。だが、実際にはちゃんとパジャマを着ていて、
――少々意識が朦朧としていても、やることだけはやるんだな――
 と、潜在意識の強さに感心したものだ。
 眠りに就いたのが何時だったのかハッキリとしない。家に着いた時、夜の帳が下りていたのは間違いないので、午後八時は過ぎていただろう。目が覚めて時計を見ると午前零時頃、思ったよりも目覚めが早かった。
 暑さからの寝苦しさで目が覚めてしまったのだが、思ったよりも早かった。ある程度熟睡していたことを思うと、午前二時は過ぎていると思っていたのに、思っていたよりも、眠りは浅かったのかも知れない。
――夢を見ていた――
 普段の夢なら、目が覚めるにしたがって忘れていくものだったが、その日は、目覚めの瞬間よりも、時間が経つにつれ、夢を思い出すようになっていた。
――あれはつかさだったのではないか?
 子供の頃に出会ったつかさ。
 不治の病で死んでしまったつかさ。
 意識の中で堂々巡りを繰り返すようになった原因を作ったつかさ。
 隆二にとってつかさという女の子は、今でも神秘的に頭の中に記憶されていた。
――本当につかさは死んでしまったんだろうか?
 今年二十五歳になった隆二は、いまだにつかさのことを夢に見る。
 そして、目が覚めてから次第に忘れていく夢とは違い、つかさを夢に見た時は、目が覚めるにしたがって、思い出していくのだった。だから、逆に夢が鮮明になっていく感覚を覚えた時、
――つかさの夢を見たんだ――
 と思うことで、余計につかさが鮮明に記憶の中からよみがえってくるのを感じる。
 しかし、つかさは夢の中だけの存在であり、現実にはいないのだ。だから思い出してしまう夢は決して楽しい夢ではなく、切なくも悲しい夢であることに違いない。
 夢の中のつかさは、元気だった。不治の病などとは信じられないほど元気で、真っ白いワンピースが眩しいお嬢様だった。それは。初めて出会った時のつかさを思い出させ、何も知らない自分を今の自分は羨ましく思えるほどだった。
 夢に出てきたつかさは、高校生くらいであろうか。子供の頃に出会ったつかさとも、成長して今の年齢に達したつかさとも違う。
――どうして、この年齢のつかさなんだろう?
 と考えたが、考えれば考えるほど、答えは一つしかなかった。
――高校生くらいのつかさと一緒にいたかった――
 という気持ちが強かったからだ。
「私、高校生になった夢を何度も見るのよ」
 つかさはそう言っていた。
 病気のせいで、高校に通えなかった彼女は、高校生にならずに成長し、そのまま帰らぬ人になってしまった。そのことを思うと、
――俺の頭の中だけでもm、つかさを高校生にしてあげよう――
 と感じるのだ。
 二十五歳になった隆二の頭の中には、高校生を想像するつかさと、出会った時の二十歳前のつかさだけしか残っていない。だから、今から見れば年下でしかないのだ。
――俺は、年上のつかさに憧れていたはずなのに――
 と感じたが、実際には自分が年上になってしまうと、年上であることに安心していた。
 どうして年上の自分に安心するのかを考えてみたが、それは自分が死ぬこともなく、順調に成長しているのを感じるからだろう。それぞれの年齢で刻めば、それなりに悩みがあったり、人生に疲れたような気分になることもあったが、基本的には前を向いて生きているので、その安心感は妥当ではないかと思うのだ。
 隆二はつかさと出会った時のことを思い出していた。
「確か、白い閃光を感じ、後光が差しているその先に、白いワンピースを着たつかさがいたんだっけな」
 隆二は声に出して思い出してみた。
 声に出さないと、ハッキリと思い出せない気がしたからで、隆二にとってのつかさがどんな存在だったのか、思い出しただけでは分からない。
――ひょっとして、その時も分かっていなかったんではないかな?
 と感じた。
 つかさに対しては、彼女が不治の病だと聞く前は、いくら相手が年上であったとしても、自分の方が男であり、世間を知っていると、会話の中から感じたことで、彼女よりも優位に立っていると思っていた。
 それは、自分がまだまだ成長期で、背伸びをしたいと思っていたからだということに気付いていなかったからだろう。
 しかし、つかさが不治の病であるということを知ると、次第に自分の背伸びが恥ずかしくなり、何をどうしていいのか分からなくなる。そんな時、
――この状況を切り抜けられれば、僕は大人になれるんだ――
 とも感じた。
 目の前にいる不治の病で苦しんでいる人を足場にして自分の成長を考えるなど不謹慎だと思っていたのに、何ともやりきれない気持ちだろう。自分の中で言い知れぬジレンマに陥っていたことに、その時の自分は気づいていなかった。
 つかさという女性がそのまま成長すれば、どんな女性になっていたのか、いろいろと考えてみた。
――まるで乙姫様のような雰囲気に、僕のような質素な雰囲気の男性はまるで浦島太郎ではないか。僕にだって、乙姫様のような女性に好きになられる可能性だってあるんだ――
 と感じていたり、
――出会った時の神秘的な雰囲気と、不治の病に冒されているという彼女の境遇とが自分の頭にあるせいで、彼女を神聖な領域として見てしまっていたけど、結局、彼女が死ぬことはなく二十歳を迎えると、ただの人だったというイメージが頭の中に残っているかも知れない――
 とも感じた。
 また、
――自分には触れることのできない相手であり、まるで絵の中の存在のような彼女には、永遠に憧れが残るだけで、交わることのない平行線を描くというジレンマに苛まれていき続けなければいけない――
 とも感じた。
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次