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怒りの交差

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「私から見ていてお二人は、それぞれに個性をお持ちだと思うんですよ。本当なら、それぞれ個別にお話した方が、話も盛り上がるというのは分かっているんです。お二人とも、相手が男性であれ、女性であれ、一対一だと、話に花を咲かせることができると思うんですよ。それだけ話題性を持っていると思うんですが、ただ、話題としては、どうしてもカルトな話題ですので、相手によるというのは仕方のないことだと思います。心理学を研究されているというのも分かる気がしますね」
 二人が心理学を研究しているというのは、最初にマスターがそれぞれを紹介してくれた時に、話題として上ったので、意識としてはあったはずだ。
「ともみさんも、結構心理学に精通しているように思うんですが、いかがですか?」
 と、克典が聞いた。
「そんなことはありませんと。心理学を勉強したことはありません。でも、人と話をしていると、その場で分かることというのが自分の中でハッキリしているんです。だから、お二人ともお話が合うっように思うんですよ」
「なるほど、だから、三人ではなかなかうまく話ができないかも知れないシチュエーションでも、私たちなら大丈夫だと思われたんですか?」
 新見が聞いた。
 やはり、二人は意識しているわけではないが、交互に聞いているのは間違いない。
「人と話をする時というのは、私の場合は、自分から言い聞かせるようなパターンと、相手の話を聞いて、その話にバリエーションをつけて、話を盛り上げる二つのパターンがあるんです。だから、複数になればなるほど、自分では会話が難しいと思っているんですよ。どうしても、上から目線になってしまいがちですからね」
「そんなことはないと思いますよ。ともみさんとお話をしていて、上から目線だなんて思ってもいませんよ」
 克典は、そう言ったが、確かにその通りであるが、半分は社交辞令のようなところがあった。
 しかし、自分たちも心理学を志している人間として、会話の中に盛り込まなければいけないと思っていることもあり、それを分かってくれる人がなかなかいないこともあって、上から目線だと思いがちであった。ともみの話は新鮮に感じられることもあって、自分たちが上から目線であるという意識を薄れさせてくれた。
――いや、上から目線という意識を薄れさせてくれたから、彼女の話が新鮮に感じるのかも知れない。それだけともみさんはその存在自体が神秘的なのではないだろうか?
 そう感じたのは、新見だった。
「でも、ともみさんは、さっき僕たち二人が交互に話しているのをおかしいと思われたようですが、どうしてなんですか?」
 と克典が聞いた。
「お二人は、交互に話をしているのを意識されていなかったですよね? でも気がつけば、それも当然のことだと思った。それはきっとお互いに遠慮しているからだって感じたんじゃありませんか?」
 と言われ、また克典と新見は目を合わせ、少し俯き加減になっていた。
「無意識ではあるけど、言われてみると、すぐに納得できてしまう自分たちで少し不思議に感じていらっしゃるって私は思うんです」
 ともみは続けた。さらに、
「私はそんなお二人を見ていると、自分が納得できないことには、言動も行動もしない人だって思うんですが、だからと言って、納得いくまで考えるというタイプではないでしょう? それは私が思うに、自分に自信がないというよりも、自分の研究に自信をなくすのが怖いと思っているんじゃないかって感じるんです。そこがお二人の、他の人と違うところで、信じていることとは別に無意識に取る行動も、自分を納得させるだけの力を持っていると考えておられるんじゃないですか?」
 話は結構難しかった。
 心理学を研究している二人にして、
――この女はいったい何が言いたいというのだろう?
 と思わせるに十分な気配を持っていた。
 マスターが二人にともみを会わせたいと思った理由も分からなくもない気がした。
――ひょっとすると、ここで一番いろいろな発想ができて、頭がいいのは、マスターなのかも知れない――
 と、三人のうちの誰かが思ったのだが、それはいったい誰だったのだろうか?
 そういえば、マスターはともみが現れる前に、少し意味深なことを言っていたような気がする。
「ともみちゃんというのは、納得させることには定評があるんでよ」
 と言っていた。
 その時、新見も克典も、
――自分を納得させることなんだろうな――
 と感じていた。
 その感情を信じて疑わなかったと言ってもいい。
――しかし、どうしてあの時、マスターはともみが納得させられるものが何なのか、ハッキリと口にしなかったんだろう?
 それを感じたのは新見だった。
 口にしないということは、
「言わなくてもこの人になら分かってもらえる」
 という感覚が一番強いと考えるのが妥当ではないだろうか。
 しかし、言葉にしないことで、言葉の流れに違和感があったのは事実である。そう思うと、
――違和感を与えて、何かを考えさせようという意図があったのではないだろうか?
 とも考えられたのだ。
 実は、この考えを最初に持ったのは克典の方だった。
 克典は新見ほど、素直な考えができないと自分では思っていた。
――新見という男、考え方が素直だから、自分からいろいろ口に出すことができて、俺と一緒にいて、主導権を握っているんだろうな――
 と克典は考えていた。
――俺は、素直じゃないから、言葉に出すことをいつも躊躇っている。だから、誰かに代弁してもらいたいと思っている。それが新見という男であり、自分にとっての「光」ではないだろうか?
 と思っていた。
 克典は、いつも自分をどこかに隠そうとしていた。だから人と関わることを嫌がっていた。本当は人と話すのが好きなくせに、相手によっては、喧嘩になりかねないほど、自分の考えに固執しているところがある。それを分かっているだけに、人と関わるのが嫌なのだ。
 新見という男は、自分が素直だということを分かっている。しかし、それを表に出してしまうと、嫌らしい雰囲気になってしまい、自分自身が嫌で仕方のない人間になってしまうのを恐れていた。
 だから、表に出ようとするのだ。
 隠れようとすればするほど、化けの皮が剥げてしまうのが恐ろしい。一度剥げてしまうと、なかなか補修が効かないのだ。それくらいなら、自分から表に出て行って、隠そうとしているものをごまかすことができるのではないかと思った。
――木を隠すなら森の中――
 というではないか。
 敢えて荒波に身を投じることで、隠せることもあるに違いない。それを新見は、
――前向きな考えだ――
 と思っていたが、その気持ちを看破し、
――少し違うのではないかーー
 と考えているのは、誰であろう克典だった。
 お互いに補わなければいけないところを相手に求めるとすれば、最適な相手は目の前にいる克典であり、新見であった。
 新見が学生時代に感じていた。
――人を裏切りたくない――
 という思いも、彼の素直な性格から出ているのかも知れない。
 しかし、その性格も心身ともに強くなければ、どこかに歪が生まれてくるものだ。
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次