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怒りの交差

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 それなのに、その日は新見が自分よりも先を歩いている。この感覚をどうして恐れていたのかを考えようとした瞬間、思い出したのが前に読んだオカルト小説だったのだ。
 だが、オカルト小説を思い出したその理由の一つに、今現れた、ともみと呼ばれる女性の存在があるのを感じた。
――この女、只者ではない――
 克典は感じたが、それ以前に新見もすでに感じていたことだろう。
 そして、もう一つ克典が気になったのは、
――馴染みの店で、お互いに常連だというのに、今まで一度も会っていないというのは、、偶然なんだろうか?
 マスターの様子を見る限り、二人を会わせたがっているのは分かった。それなのに会えないというのは、本当にそれぞれの都合が合わないだけだろうか? そう思うと、今日自分が一発で会えたというのは、不思議な気がしたのだ。
――それにしても、変な女だ――
 声しか聞いていないのだが、妙な予感を感じたのは、
――以前にも同じような感覚を味わったような気がする――
 と感じたからだ。
――そうだ、あの時――
 それは、自分が研究所に入所してから少ししての飲み会の時のことだった。
 一次会が終わった後、先輩の一人に、
「面白いところに連れて行ってやる」
 と言われて、言われるままについて行ったことがあったが、その先というのは、「ゲイバー」だったのだ。
 もちろん、ゲイバーなど初めての経験で、さすがに先輩といえど、断りきれなかった自分に憤りを感じていた。
 それでも、何とか耐えながら呑んでいると、
「どうだい、結構楽しいものだろう?」
 という先輩の言葉に、
「はぁ」
 と曖昧にしか答えられなかった。
 しかし、気持ち悪いと思っていた感覚も次第にマヒしてきて、会話を聞いてみると、
「この人たち、結構いろいろ知っているじゃないか」
 と、気持ち悪さが感心に変わってきた。
――なるほど、先輩のいう楽しいというのは、面白いという意味なんだな――
 と感じた。
 面白さというのは、楽しいだけではなく、満足できるものが何か一つでも感じることができなければ思うことのできないものである。何に満足できたのかは分からなかったが、面白いと思ったのは事実だった。
「世間の人は私たちゲイを蔑んだ目で見るでしょう? でもそんなことはないのよ。男性の気持ちよりも女性の気持ちの方がよく分かるの。つまりは女性の目から男性を見ることができるので、誰よりも自分のことを分かっているのは自分だって感じることができると思うのよ」
 と言っているのに感動し、
「なるほど、そうかも知れませんね。前に読んだ小説で、十分前を歩いている自分がいて、その人が実は本当の自分なんだけど、その中には女性が入り込んでいるというような話を読んだことがありました」
 というと、
「あ、その本、私も読んだわ。最初はよく分からなくて、何度も読み直したんですよ。難しいけど、分かってみれば、人間の発想って、底が知れないんじゃないかって思うようになったのよ」
 と言っていた。
 それを聞いて克典も、
「そうそう、だからその時から、女性に対して必要以上に意識してはいけないと思う反面、男にはない何かを探求してみたいというおもいもあるんですよ。それが心理学に直結しているわけではないと思うんですが、最後に辿り着くのは心理学だと思っています。だから心理学を専攻しているんだって、最近思うようになりました」
 克典のこの言葉は半分本当であるが、半分はウソである。
 実際にゲイの人を前にして気が付いた部分があるのも否定できないところであり、そういう意味では半分ウソだったのだ。
 それからゲイバーと呼ばれるところには、一度も足を踏み入れていないが、ゲイの人の考えていることというのは、想像以上に幅広いものだということを感じるようになったのだ。
 ともみの声を最初に聞いた時、彼女の顔を確認することはできなかった。顔を見ようとしたその時、彼女の後ろの明かりが眩しくて、逆光になったことにより、後光が差したようになったのだ。シルエットに浮かんだその顔は、勝手な想像でしかなかったが、輪郭までしか思い浮かべることができなかったのに、妖艶さだけを感じた。
 この感覚は克典だけではなく、新見も同じように感じた。そして、新見との違いであるが、新見は感じてはいなかったが、克典には匂いが感じられた。それは石の匂いであり、石の匂いを感じることで、急に息苦しさを感じた。
 克典は、その息苦しさがあったせいで、彼女に妖艶さを感じたと思っている。そういう意味では、同じ妖艶さを感じたのだとしても、新見が感じた妖艶さとは種類の違うものだったのだ。
 新見が感じた妖艶さは、彼女の声の低音部分にあった。
――ハスキーな声ほど、妖艶さを感じさせるものはない――
 と誰にも言ってはいないが常々考えていた新見である。
 当然自分の感覚に正直な反応を示しただけで、克典のような複雑な心境ではなく、単純な発想だった。
 新見という男、結構いろいろ考えているようで、実際に頭の中は単純構造であった。克典には分かっているが、まともに単純だと思うと、新見という男を見誤ってしまうことも分かっていたのだ。
 克典がいろいろな発想を思い浮かべている時、どれくらいの時間が経っていたのか、分からなかった。マスターとともみの間で会話が交わされていたようだったが、新見は二人の会話に口を挟むことなく黙って聞いていた。
 新見にはそういうところがあった。
 元々新見と知り合った頃は、新見という男、結構饒舌なのだと思っていたが、実際には余計なことを一切話さない男で、どちらかというと、聞き上手なところのある男だった。
 それを、
――口下手な男なんだ――
 と思ってしまうと、それ以上、彼を知ることはできなかっただろう。
 新見という男は聞き上手であり、余計なことを口にしない男、要するに、
――自分に興味のないことは、口にしない男なんだ――
 ということであった。
 だから、相手によって新見を見る目は違っている。同じものに興味を持っていたり、同じところを目指している相手に対しては、
「新見君は、分かりやすい人だ」
 と言われているに違いない。
 かくいう克典もそうだった。
 同じ研究室にいて、同じところを目指して研究しているのだから、それも当然に思えるが、実際にはそうでもない。同じ研究室にいるからと言って、同じところを目指しているとは限らない。むしろ、まわりは皆ライバルであり、恩師である教授も、憧れであり、目標ではあるが、一人のライバルでもあった。
 それでもさすがに教授をライバル視している人はほとんどいないだろうが、新見に関しては見ていて他の人と視線が違う。上から目線に見えるかも知れないが、それだけ研究に関して貪欲であり、そのことを教授も分かっているので、新見に関しては、何も言わないのだった。
――新見の研究は、どちらかというと、教授の目指しているところに近い気がする――
 克典はずっとそう思ってきた。
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次