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怒りの交差

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 黒いという形容詞がつく動物には、どうしても不吉なイメージが付きまとう。たとえば、黒猫であったり、黒いカラスなどである。
「何となく気持ち悪いんじゃないか?」
 と恐る恐る克典は口にしたが、
「そんなことはないさ」
 と新見がいい、先に扉を開けて、中に入った。
 克典も間髪いれずにそのまま一緒に中に入ったが、ブラックというイメージとは少し違って、中は思ったよりも明るかった。
「いらっしゃい」
 カウンターの中ではボーイ服のマスターが中央にいて、ん店支度に余念がなかった。
「こんばんは」
 と新見は行って、そそくさとカウンターの一番奥の席へ座った。
 どうやら、そこが彼の指定席のようだった。
 馴染みの店を持っている人は、自分の指定席にはこだわるものだ。特に常連さんの多い店は、指定席が決まっている方が、人とかぶらなくていい。馴染みになるというのは、そういうことも含めているということで、意外と自分の指定席というのは馴染みの店の優先順位としては高いところにあるのかも知れないと思った。
「こちらさんは、初めてですね」
 と言って、マスターはお絞りを渡してくれた。
 マスターは半分髪の毛が白くなっていて、初老の雰囲気を感じさせるが、いかにもバーテンダーの服が似合っていて、白髪がなければ、きっともっと若く見えていたのではないかと思った。
「はい、初めまして、伊藤といいます」
 というと、マスターは新見の方を見て、
「同僚の方ですか?」
 と言って、ニッコリと笑い、
「ええ、同じ研究所の人なんですよ」
 と新見が答えると、
「そういえば新見さんが研究所の方を連れてこられるのは初めてですね」
 というマスターの言葉を聞いて、
「新見さんがここの馴染みになられてどれくらいなんですか?」
「そうだなぁ、もう二年近くになるかな?」
 とマスターは答えながら、新見に同意を求めた。
 すると新見も、
「そうですね」
 と答え、ニッコリと笑い、そこにマスターと新見の間のアイコンタクトが感じられた。
――それほどの馴染みの店で、今までに誰も連れてきていないということは、それだけ新見さんには大切なお店なんだ――
 と感じた。
「それにしても、ブラックバタフライというのは、興味深いお名前なんですね」
 と聞いてみると、マスターは笑いながら、
「黒いという言葉が入っているので、陰湿だったり、暗いイメージがあるように感じるんでしょう?」
 というので、本当は言葉にしてはいけないのではないかと思いながらも克典は口にしてしまったが、
「いえ、もっというと、不吉なイメージがつきまとうんです」
「それは、猫やカラスのイメージがあるからなのかも知れませんね」
「バタフライというのは、蝶のことでしょう? 黒い蝶というのも、どこか不吉な感じがあるんですが、違いますか?」
「そんなことはないですよ。黒い蝶は、神様や霊魂の使いだと言われているんですよ。また夢で見たりすると、人生の転機だったりして、大切な使いとして重宝されるべきものなんですよ」
「そうなんですか?」
 マスターは、さらに語ってくれた。
「墓参りなどで見れば、先祖が挨拶に来てくれたというイメージであったり、神社で見かければ、神様が歓迎してくれているという言い伝えがあるんですよ。不吉どころか、幸運が潜んでいる可能性の方が多いと感じませんか?」
 マスターは物知りだ。
「なるほど、確かにそうですね」
 というと、今度は横から新見が、
「今君が言った疑問は、実は俺も最初に来た時に、マスターにぶつけた疑問なんだよ。まったく同じ光景を見ているようで、不思議な感覚だね。しかも、最初は当事者で、今回は第三者としての目線で見ることができた。実に面白いと思うよ」
 と言って、ニコニコしている。
「そっか、新見さんも同じことを感じたんですね。でも、本当は口にしてはいけないことではないかって思ったくらいなんで、普通ならいきなりは聞かないと思うんだけど、それだけ新見さんと俺とは似ているところがあるということなんだろうか?」
 これも、本当は口にしていいのかどうか、あとになって考えた言葉だった。
「いいんじゃないか? 別に問題はないと思うよ」
 という新見に対し、
「ここでは、他では口にしないようなことを思わず口にしてしまいそうな雰囲気を感じるんだが、違うなか?」
 というと、新見は少し興奮気味に。
「そうだろう。今まで誰も連れてこなかったのに、伊藤さんを連れてきたのはその思いがあったからなんだ。きっと伊藤さんなら分かってくれそうな気がしたんだ。他の人だとこうは行かない。何しろここは、俺にとっての隠れ家のような店なんだからね」
 というと、今度はマスターが、
「そうですよ、私も伊藤さんには、新見さんに最初感じた時のイメージがあるのを感じました。これからもご贔屓にしていただけると、嬉しいです」
 と言った。
「ありがとうございます」
「もう少しすると、ともみちゃんも来ると思うので、それまでゆっくりしていってくださいね」
 とマスターが言った。
「了解です」
 と、新見は答えたが、答えながら顔は克典を見ていた。
 その表情には含みが感じられ、今日の主役は自分たちではなく、そのともみという女性ではないかと感じた克典だった。
「そのともみさんというのは?」
 と気になって、克典は新見に聞いてみた。
「来たら分かると思うけど、彼女は自分たちに馴染みがありそうに思うけど、少し一緒にいると、違った部分が見えてくるという不思議な感じの人だよ」
 要領を得ない答えであったが、それに対して再度質問をするのは愚だと思えた。
 彼の言うように、会ってみれば分かるということなのだろう。それに変な先入観を持つことはせっかくの出会いに水を差すような気がしたので、ここでの質問は余計なことに思えたのだ。
 店内を見渡すと、最初に入ってきた時よりも少し暗く感じられた。白壁になっている壁を見ていると、別に凹凸があるわけでもないのに、明暗が分かれているところがあるような気がした。明るいところと暗いところの境界はハッキリとしないが、見ていて波打っているように感じられた。
――まるで脈を打っているかのようだな――
 と感じると、部屋全体が生きているかのように思えてくるから不思議だった。
 まだ一杯も呑んでいないのに、すでに酔っているかのように感じられるのは、この部屋の異様な雰囲気からだろうか? そもそも何を持って異様と感じているのか、それもハッキリとしない。壁の明暗だけで異様だというには、説得力には欠けていたのだ。
 表は、夏が近づいてきたこの時期にしては、まだ涼しさが残っていた。特にその日は寒気を感じるほどで、
――早く店に入りたい――
 と感じさせるほどの風の冷たさだった。
 店に入ると、暖かい空気が中から漏れていたが、
――助かった――
 という気分になったわけではない。
 確かに暖かさを感じられ、一瞬ホッとしたかのように思えたが、中から溢れてきた暖かさは湿気を含んでいて、中に入ると少し息苦しさを感じた。
 さらに、
――なんだ、この匂いは?
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次