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怒りの交差

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「確かにその通りだよ。だから、男女というのも、見た目はハッキリしているけど、内面的な性格や性癖、そして表に出ていない裏を考えると、とても『男と女』という二つに切り分けることは難しいんじゃないかって思うんだよ」
「それが君のいう『男女の違いへの固執』になるということかな?」
「その通りだね」
 何となく、新見も理解できた気がした。
 それからしばらくして新見が克典をまた呑みに誘った。今回は居酒屋ではなく、新見が馴染みにしているというバーにつれていってもらった。駅裏にある鄙びた雑居ビルの一角に、そのバーはあった。
「俺にとっての隠れ家のようなところなんだけど、ここに行ってみよう」
 と言われて、断る理由もないので、二つ返事で、
「いいよ」
 と答えたが、その時、新見の唇が怪しく歪んだのを、克典は気付かなかった。
 最近は研究にもあまり時間を割くことはなく、予算の関係もあるのか、それほど忙しくはなかった。残業したとしても、午後八時くらいまでで、それ以降、研究室の電気がついていることはなかった。
 その日も、午後七時には皆研究所を出て、家路についていた。
「今から行くとちょうどいいくらいだな」
 と、新見は克典に声を掛けた。
「自分の馴染みの店は八時頃からの営業なんだよ。他の店よりも少し早いんだ」
 表に出ると、すでに夜の帳が下りていた。研究所の門をくぐると、駅まではいつもと同じ道なのに、何となくいつもよりも暗く感じられた。いつもは一人で駅まで歩くのに、今日は新見が一緒だった。一人で駅まで歩いている時というのは、何も考えていないようで、絶えず何かを考えている。それだけまわりへの意識はないに等しいのだが、明るさだけは意識しているようだった。その日は、隣に人がいるので、何かを考えているという意識があった。歩いていても、お互いに会話をする意識はない。相手をただ意識しているだけだった。
――何を意識しているんだろう?
 意識をしているということだけは分かっているが、その意識が何に向けられたものなのか分からなかった。それだけ普段から研究以外で人と関わることがない証拠だった。
 ただ、新見とは、この間一緒に呑んだ仲なので、お互いに通じるものがあるはずである。それなのに、意識しながらぎこちなく感じるというのは、自分がおかしいのか、二人の雰囲気は長い時間耐えることのできないもののように感じられた。
 そのわりには、お互いの距離がそんなに遠いとは感じない。体温を感じることができるほどの距離だ。それだけに少しでもぎこちなさを感じると、必要以上に相手を意識してしまうものなのかも知れない。
 駅までは歩いて十五分ほどで、近いわけでもないが、そんなに遠いわけではない。何も考えずに歩くにはちょうどいい距離だと思っていたが、ぎこちなさの中、歩いていると、想像以上に時間がかかってしまっていた。
 駅裏には、今まで立ち寄ったことがなかった。駅までは電車の時間をあらかじめ分かっていて、ちょうどいい時間から逆算して研究所を出るので、駅自体もそれほど知っているわけではない。コンコースを通り抜け、駅裏に出ると、寂しさは侘しさに変わっていた。
「こんなに表と違うんだ」
 と思わず口にしたが、それを聞いた新見はニッコリ笑って、
「そんなことはないさ。表だって結構寂しいものさ。それだけ毎日漠然と駅まで来て、ただ電車に乗っているだけだってことなんだろうね」
 と言った。
「そうなのかな?」
 まだ、納得のいかない克典だったが、駅裏に完全に足を踏み入れると、
「確かに、表と変わらない気がするな」
 と思った。
 表からは駅に入っていくのだが、裏には駅から出て行くという違いがある。それを考慮せずに先走って感じたことを口にしたから、そう感じたのだろう。新見は馴染みの店に何度も行っているのでそれほど感じないのだろうが、新見だって最初に駅から裏通りに抜けようとした時、同じことを考えたのではないかと感じた克典だった。
 新見は次第にゆっくり歩くようになった。
――店が近づいたのかな?
 と思ったが、一向にバーが見える雰囲気ではなかった。
 すると、急に新見の姿が消えた気がした。それはただの錯覚で、狭い角を曲がっただけだった。その角は初めて歩く人には気付かないほど狭い道で、まさかそんなところに通路があるなど、想像もしていなかった。新見が曲がった瞬間消えたように感じたことで、克典は一人取り残された気分になり、三百六十度一回転してみたほどだった。
「新見さん」
 思わず声を掛けた。
 暗さがさらに感じられ、一人取り残された寂しさは、
――来るんじゃなかった――
 と一瞬感じさせられた。
 そして、新見に騙されたという感覚が浮かび、戻るに戻れない自分は、まるで真っ暗な中、足元も見えない場所で立ち往生しているのを感じた。
――一歩踏み出してしまうと、その先は谷底だった――
 などというシチュエーションを想像すると、じっとしていても、安定することができず、どちらにしても待っているのは谷底であるという思いしか浮かんでこなかった。
「伊藤さん、こっちだよ」
 暗闇から声だけが響いた。
 その声の方を振り向くと、そこには新見がいた。その方向は、さっき曲がった角とは別の方角ではないかと思うような錯覚を感じさせ、
――今度一人で来てみようと思っても、一人ではたどり着けないかも知れない――
 という思いを抱かせた。
――だから、簡単に新見はこの店に俺を連れていってくれるんだ――
 本当であれば、隠れ家のような店を他人には教えたくはないというものだ。自分と一緒にくる分にはいいが、一人で開拓されることを嫌うのが普通ではないかと克典は感じていた。
――この店に一人で来ることはできないが、新見と一緒なら来ることができる――
 と思うと、まだ見ぬその隠れ家と思しき店がどんな店なのか、楽しみになってくるのを感じた。
 新見は克典を呼び寄せてから、踵を返すと、一人でどんどん進んでいった。今度は見失うことはなく、目の前にある雑居ビルに入っていくのを確認すると、自分もその後ろからついていった。
 角を曲がってから、克典は店に入るまで、新見との距離は一定だった。近づこうとして少し早く歩いても、気がつけば新見との距離は縮まっていない。
――後ろに目でもあるのかな?
 と感じたが、新見が克典を意識して同じように早く歩いたという感じはなかった。
――一定の距離を保つというのが、この空間の存在意義なんだ――
 到底、承服できる考えではなかったが、そう思うことで名何となく自分を納得させることができるような気がした。
 ビルには階段があり、思ったよりも明るかった。しかし、階段までやってくると、最初に感じた明るさは鳴りを潜め、昔の裸電球を思わせる明るさに、いつ消えてもおかしくないような風前の灯さえ感じさせた。
 階段を上りきると、その奥に扉があった。黒い扉のその横に、やはり黒い扉で、
「バー:ブラックバタフライ」
 と書かれていた。
 直訳すれば、「黒い蝶」ということになる。黒い蝶とは、何か不吉なイメージを感じさせた。
作品名:怒りの交差 作家名:森本晃次