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短編集26(過去作品)

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 という思いが頭の中にあることだ。いつも何かを考え、感じていたいと考えているからこそ、そんな気持ちになれるのだろう。
――辛い時に出会う人――
 それは誰であってもありがたかった。もう恋人は作りたくないと思いながら出かけた旅で男の友達の何人かできた。一緒に他愛もない話をしていて実に楽しく、重いものを何も感じなくていいことが一番嬉しかった。
 自分が背負っていた重たいものをどこに置いてきたのだろう。それが重たかったことを感じていたが、精神的に気が張っていたためか、辛さとは切り離して考えていた。重たいから辛いと考えてしまうと、押し潰されてしまいそうで怖いのだ。
 テレビドラマを見ていて、男の浮気を許せないと言った時の冴子、目が血走っていたようだ。
「こんな男がいるから女性は安心して相手を信じることができないのよ」
「女性だって、浮気することもあるんじゃないか?」
 するとそれまでに見せたことのない寂しそうな表情を浮かべた冴子は、
「女性の気持ちはデリケートなの。そのまま精神に異常をきたすことだってあるのよ」
 目が充血していて、薄っすらと涙が浮かんでいる。その時、冴子の瞳の奥に写っていたのは本当に誠司だったのだろうか。前に付き合っていた人だったのではないだろうか。それを思うと、その話題をあまり引っ張りたくなかった。
 誠司は、相手の過去を詮索することを嫌う。今現在が大切なのであって、
――わざわざ過去を引きずり出して相手も自分も苦しめることはなかろう――
 と考えていた。だが、浮気をここまで嫌う潔癖症だということを知ってしまって、どういう過去だったのかを想像してしまう自分が怖い。中途半端な知識は思い込みに繋がってしまうからだ。
「前の彼氏が浮気をしていたの?」
 自分の不安を払拭したい一心で聞いてみた。最初は俯き加減であまり喋ろうとしなかったが、
「ええ、そうなの」
 とやっと一言発するまでにどれだけ時間が掛かったことだろう。その間に固まってしまいそうだった空気の中で、息苦しさを感じていた。
 冴子には確かに過去、重たいものを背負っていたような雰囲気があった。それが相手の男の浮気だけだとは思えない。何か自分にはどうすることもできないものにぶつかってしまった雰囲気がある。
 押さえ込まれようとした時に、反発する力、その強さを一番感じたのが冴子だった。その冴子の反発する力を吸い取ってしまう正体とはいったい何なのだろう?
 冴子はゆっくりと話してくれた。
「私ね。普段はとても反発心が強い女なの。押さえ込まれようとしたら、反抗してみたくなるし、集団意識の中に埋もれたりするのも嫌な性格なのね。でも、相手の心を自由にすることができないということもよく知っているつもりなのよ。ましてや、育った環境や今の立場が私の想像をはるかにしのぐようなことだったら、どうしようもないのよね」
「どういうことだい?」
 悲しそうな表情で話してくれたが、それは最初に誠司が感じていたものと少し違うかんじがした。
「彼が好きになった人っていうのが、精神的な障害者だったの。最初は同情だけだったかも知れない。それだったら私も何も思わないわ。でもそれが少しずつ愛情に変わっていくのよ。私にはどうすることもできないの」
 相手との根本的な立場の違いとでもいうのだろうか。冴子の付き合っていた男がどんな性格の人かは分からないが、冴子の性格からして、彼女の好きになる男性だったら、それくらいのことはあっても不思議でも何でもない気がする。もうすっかり別れたはずの彼氏に対して激しい嫉妬が湧き出してくるのを抑えることができなかった。
――今の冴子の瞳には別れた彼が写っているんだ――
 認めたくないが、仕方がない。もうそれ以上聞くことは、耐えられなかった。
――想像だけでやめておけばよかった――
 激しい後悔が誠司を襲う。
 それが冴子への心に溝を感じた最初だったかも知れない。
 好きだった彼への埋めることのできない溝を見てしまった時にどんな態度に出たのかは分からないが、見ているだけで息苦しさを感じることだろう。相手の男からすれば嫉妬よりもさらに重たいものを感じたかも知れない。誠司も次第にそのことを感じるようになってきた。
 冴子と別れたのは、直接的な喧嘩別れだった。だが、誠司の心の中にはわだかまりが残った。それは、重たいものから逃れたいという気持ちが無意識に働いて、逃れてみればあとに残ったものが果てしない虚空を見ているようで、魂が抜けてしまったのではないかと思えるほどの憔悴だったかも知れない。
 夢では客観的な自分を見ることができる。誠司は別れてから何度冴子の夢を見ただろう。第三者として主人公である自分を見ていると、重さに耐えていた頃が思い出されるのだった。
 第三者として見ている夢の中では主人公に気を取られがちだ。まわりに人がいても気付かないことが多く、気付いているのだが夢から覚めた瞬間に、消えてしまっているのかも知れない。
 そんな中、気になる人が出てきた。それはいつも冴子の夢を見る時であって、冴子と主人公である誠司を見ている女性がいるのだ。
 彼女はじっと見ている。どんな表情かまでは分からないが、想像では無表情に違いないと思っている。無表情であってほしいというのが強い気持ちなのだが、表情を作っているその女性のイメージが浮かんでこないというのが本音である。
 以前から知っているような顔に思えると感じた瞬間、その思いをいつもどこかの誰かに抱いている気がしてきた。現実の世界で、誰かを見ていて、話したこともないのに、以前から知り合いだったような気になる人がいるのは、誠司だけではないだろう。
「前から知り合いだったような気がする」
 自然に出てくる言葉だが、今までに何人にこの言葉を言っただろうか? 現実の世界にしても夢の中にしても頻繁に使っているように思える。それは相手も自分に同じことを感じていて、どちらが先に口にするかだけの違いなのだ。自然に出てくる分、誠司は自分が素直なのだと思った。
 夢だから何でもありだという人がいるが、誠司はそう思ったことがない。夢だからこそ、自分の中の潜在意識以外を見ることができないと感じている。だが、見たくないものを封印したり、見たいものだけを見ようということはできない。コントロールしているのは夢の中での主人公でもなければ、客観的に見ている自分でもないのだ。
 何度目か同じ夢を見てから目が覚めた時、すでに頭の中に鈴子が大きな存在になっていた。目が覚めると浮かんでくる顔、その顔はまさしく鈴子の顔である。バックは鍾乳洞から出てきたところの川原であり、大小無数の石が転がっていた。その光景は太陽の眩しさにも伴って、一層石を白い色に見せてくれる。目を突くような眩しさが夢から覚める瞬間に感じる白い閃光とも重なって、目の前にと広がっている。
「前から知り合いだったような気がする」
 この言葉を鈴子にも言った。出会ったその時、川原で言ったはずである。しかし記憶の中にその言葉が出てこないのだ。
――言ったような気がする――
 と思っただけで、その瞬間に記憶が封印されてしまうのだ。まるでそれ以降が夢の世界だったかのように……。
作品名:短編集26(過去作品) 作家名:森本晃次