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短編集26(過去作品)

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異人館の窓から



                  異人館の窓から


 時期的には桜の咲く頃、風が吹いても寒くなく、爽やかな風が、心地よい香りを誘ってくれる。そんな時期に、私はフラリと旅に出た。
 年度末の仕事も一段落し、新入社員が入ってくるわけでもない会社で、この時期が一番身動きの取れる時期なのである。私はあてもなく旅に出ることにした。社会人になって初めての旅、何度目だろうか。
 学生の頃にはよくあった。時間を持て余しているということに加え、見知らぬ土地で見知らぬ人に出会いたいという気持ちが強い。もちろん、相手が女性であれば、それに越したことはなく、アバンチュールを求める女性を探す自分が、どこかにいたようにも思う。
 アバンチュールという言葉は、いささか大袈裟なのだろうが、雑誌などを見ていると、どうしても、旅に出る女性のイメージの中に膨らんでくるものが、刺激を求める顔であったりする。
――欲求不満なのだろうか――
 と感じるが、それも否定できない。
 しかし、それぞれの季節にはそれぞれの彩りがあり、その時々の女性の服装には、ドキドキさせられる。冬の時期でもミニスカートを穿いている女性を見るだけで、ドキドキして、寒さなど吹き飛んでしまう。
 旅行に出ると女性が綺麗に見えるというが、まんざらウソではなさそうだ。それも、友達の話なので、そこまで信憑性があるものかと疑っていたが、やはり旅というのは、心も身体も開放感に溢れるのか、本当に綺麗に見えるのだ。
 私が旅に出る時は予定を立てたりしない。旅行に行こうと思い立ってからすぐに予定を立てると、想像が先走ってしまい、楽しさの半分を失ってしまうような気がするからだ。性格的にも、最初から予定を立てて行動する方ではない。仕事となれば仕方のないところもあるが、仕事以外の企画などは、行き当たりバッタリが多い。文章を書いたりする時でも、ストーリーを最初から考えて書き始める方ではなく、書きながら生まれてくる発想を大事にする方である。
「お前は忘れっぽいからな」
 と会社で同僚に言われたことがあるが、その時にハッキリと自分の性格を把握したような気がした。だから、計画を立てるのが苦手なのだ。
 この歳になるまで、そんな自分の性格に気付かなかったこと自体が、計画を立てるのに向いていないのだろう。
 その日の私は時刻表を片手に家を出た。休みは三日取ってあり、もし旅先で楽しい思い出が作れそうなら、仮病を使ってでも残ればいいことだ。普段サービス残業に追われているのだからそれくらいのこと、悪いという気にはならない。問題は、自分が社会復帰に戸惑うか戸惑わないかということだけなのだ。要は自分の問題である。
 駅へと向った時間はすでに午前九時を回っていて、普段なら、すでに就業時間に入っている。したがって駅にサラリーマンの姿はほとんどなく、いつもの喧騒とした雰囲気がウソのようだ。
 喧騒とした雰囲気は自分の中でも作り出していた。慌ただしい中に溺れるようなマネをしたくない私は、わざと他の人よりも慌ただしく動き、まわりを気にすることもない。「その他大勢」という言葉が一番嫌いな私にとって、皆と同じペースというのが一番私を苛立たせる。
 わざと駆け足で駅の階段を駆け上がったりもして、他の人のペースに逆らっていた。それだけに、一番最初に改札を抜ける時の気分は決して嫌なものではなかった。
 まわりを見たことのなかった駅の中というのが、これほど広々としたものだとは思わなかった。就職してこっちで一人暮らしを始めるようになり、初めて降り立った時にも感じたことのない雰囲気だ。きっとあの時は、仕事への気持ちの昂ぶりのため、今のような余裕がなかったからだろう。しかし、だからといってあの時が嫌だったというわけではない。それなりにやる気と決意を持っていた初々しい頃だったのだ。
 時刻表を眺めてみる。
――温泉に行くなら、あと四十分待てばいいのか――
 別に温泉にこだわっているわけではないが、反対方向だと都会への電車であり、いつもの風景だ。まったく知らない土地に立ち寄りたい気持ちは前から持っていたので、待つことにした。
 都会方面へは二十分で電車が来るが、何にしても中途半端な時間だ。四十分近くもあれば、喫茶店でゆっくりできるというものだ。そういえば朝食を食べていないので今になってお腹が減ってきた。モーニングでも食べることにした。
 朝食は普段から食べる方ではない。慌ただしい朝の時間を自分のペースで過ごすには、ゆっくり朝食を摂っていると、せっかくのペースが乱れてしまう。どうせ、食べようが食べまいが、ある程度の時間になってお腹が減るのは同じことであった。
 喫茶店でしばしの時を過ごす。少ないとはいえ、それなりに人通りのある駅コンコースを眺めながらのモーニングコーヒーはオツなものだ。元々、気持ちに余裕を持ちたい方である。いつも慌ただしくしていたいわけではない。
――やはり、この時間は女性が目立つな――
 今まで自分の知らなかった世界が目の前に広がっていると思っただけで、普段と違う駅が見えてくる。
――おや?
 私の目に止まったその女性は、よく見る顔のように思えた。最初は、
――綺麗な人だな――
 と漠然と思っただけで、目に止まったのもミニスカートにスリムな足が見えてからだ。ストレートで綺麗な髪の毛が印象的で、風にサラサラ靡いているようにも見える。黒髪なのか茶髪なのか、朝日が差し込んできて、ハッキリと分からない。腰を振りながら歩いている姿からしばし目が離せなかったが、
――見覚えのある顔――
 ということで、今度は顔から視線が離せなくなった。
 だが、すぐに私の前を通り過ぎ、顔を確認できなくなると、すぐに意識をしなくなっていた。普段なら意識をしたままなのだろうが、その日は旅行に出かけるという一種の開放感から、無意識に気にしないようにしているのかも知れない。いや、それよりも、
――また近いうちに会えるさ――
 という、何の根拠もない結論を導き出していたようだ。
 ちょうどコーヒーを暖かいまま飲むことができる時間だったようで、時計を見るとそろそろホームに出てもいい時間になっていた。いつもより気持ちがゆったりしているわりには、時間が経つのが思ったより早いらしい。そんなことを考えながら店を出て、ホームへと向った。
 最初こそ温泉を考えていたが、目的地はどこでもよかった。駅にあるパンフレットを数種類抜いてくると、電車の中でゆっくりと見てみることにした。
 いつも向うはずの方向から電車が入ってくるのが見えた。いつもは、早く入ってこないかと気にしていたが、その時はまるで蜃気楼に包まれたように揺れている電車に見えた。実際に暑くなり始める時間ではあるが、そこまで暑くはないので、幻に違いない。そんな幻を見るなど、普段の疲れが出ている証拠であろう。
 入ってくる電車に吸い込まれそうになるのを感じていた。電車が近づいてくるのが分かっているのだが、次第に意識が遠のいていく。その時、私の頭には先ほどの喫茶店から見えた女性の顔がちらついていた。その顔は、淫靡に歪んでいて、私を見つめて離さなかった……。
作品名:短編集26(過去作品) 作家名:森本晃次