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自我納得の人生

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 風を感じていたのは、きっとまわりの景色を見ていて、景色が風に同調しているのを感じたからであろう。風に吹かれて揺れている木々や花を見ていると、秋がすぐそこまで来ているのではないかと感じるからだった。ただ、ひょっとするとその後に行った断崖絶壁で感じた風の印象が強すぎて、その前に感じた田園風景での風が、
――これほど爽やかなものだと思いもしなかった――
 と感じさせるに至ったのであろう。
 田園風景をバックに写真を撮ると、ローカル線もそれなりの絵になるものだ。可もなく不可もなくではあるが、満足感はあった。
 昼前には、駅まで行って、電車に乗った。さっきまでこちらに向かってファインダーを向けていた場所を、あっという間に電車は通りすぎる。近いように見えていたが、電車の中から見ると、結構遠くに見えて、小さく感じられるに違いない。
 しばらく見えなくなるまでその場所を目で追っていたが、さっきまで見ていた場所から目線を切って違う方向に目を向けると、今度は打って変って海の雰囲気が感じられた。
 日差しの強さは次第になくなり、グレーの空が見えてくる。
――まるでこれから雨でも降ってくるようだな――
 と思ったが、海が近いと、こんな感じなのかも知れないと感じた。
 山の天気も変わりやすいというが、海はいつも荒れている雰囲気がある。力強さを打ち寄せる波に感じながら、車窓から海が見えてくるのを見守っていた。
 海はなかなか出てこない。平行して走っているのは分かっているのだが、すぐには見えてこないのは、それだけ焦らされているのではないかと思えてくるのだった。
 海が見えてきたと感じたのは、急に車窓が明るく感じたからだった。
 海は見えているわけではないのに、明るく感じる。それはまるで後光が差しているかのようだった。
 本当は小さい頃から海はあまり好きではなく、潮風が身体にはよくないと思っていたのだが、今回は断崖絶壁という自殺の名所。どうして行ってみようと思ったのか、その時の心境は、今からでは簡単に思い出すことはできない。
 駅を降りてから断崖絶壁までは歩いて十五分ほどだという。ローカル線の中でもさらにローカルな駅には、無人駅である上に、駅舎らしいものすら見つからない。ホームが線路の片方にあるだけで、出口らしいところに申し訳程度に切符入れが備え付けられている。
――まるで、無人の野菜売り場のようだな――
 と思ったが、それでも一日に一度くらいは誰かが切符を回収に来るのではないだろうか? 無人ではあるが、荒れ果てた雰囲気はない。やはり乗降客がまったくいないわけではないのだろう。
 駅を降りて、民家は疎らだった。このあたりに住んでいる人は、車でもないと本当に不便である。確かに食堂はおろか売店もない。少しいけば田んぼもありそうなのだが、これから向かう自殺の名所には、民家などなさそうだった。
 断崖絶壁に近づくと、波が打ち寄せる音が聞こえた。普通の人なら、ここで何も感じないが、自殺を考えている人には、あの音は、
――地獄の一丁目――
 のように響いているのではないだろうか。
 海が見えてくると、その向こうに岩場に作られた道が見えてきた。海岸線は入り江になっていて、その向こう側に、断崖絶壁があるようだ。
 テレビのサスペンスものでは、断崖が解決編のシーンに使われることが多いが、なぜなのだろうか?
 犯人が自殺の場所に選ぶことがあって、断崖を解決編のシーンとして使うことが多かったことから、断崖絶壁のシーンが使われるようになったのかも知れないが、よく考えてみると違和感があるのに、いつも見慣れていると、不思議な感じもしないものだ。
 砂浜から断崖絶壁を映したシーンも印象的だった。
 絶壁の上には、木が一本だけ生えている。雑草が生い茂っているのが見えるが、一本の木だけが印象深いのも不思議な感じがする。それが何の木なのか分からないが、冬の時期を勝手に想像させるものだった。
 夏の時期であれば、涼しさを感じるだけで、映像には似合わない。やはり荒波が絶壁にぶち当たり、砕け散ってしまう印象が深いからだ。風も舞っていて、一方から吹いてくるわけではないことで、高いところにいると、それだけ恐ろしさが倍増する。そんなことを考えながら歩いていると、階段が崖の中腹あたりで、終わっていた。その先には、両側から崖が迫ってくるような狭い道を歩いていくと、吊り橋が見えた。
――こんなところから落ちたら、ひとたまりもない――
 自殺の名所に辿り着く前に、
――自殺しようとしている人の決意を鈍らせるような場所を作っておくことで、自殺者を一人でも食い止めようという意志でもあるのだろうか――
 と、思わせるような場所を見ていると、足が竦んでいるくせに、思わず笑いたくなってしまう自分がいた。それは、洒落にならない笑いで、
――こんな笑いが、実際に存在するんだ――
 と、唸ってしまうような思いを感じさせられた。
 吊り橋が風に揺られる。普通にただ遊びに来ただけの人なら、ここで引き返すだろう。危険な思いをしてまで、向こうまで渡ろうという奇特な人は、そうはいないだろうと思った。
 そう思うと誠は、却って渡ってみたくなった。自殺の名所がどういうところかを見てみたいという思いが、危険なつり橋を見ることで深まったのだ。
――怖いもの見たさ――
 というのとは、少し違っているような気がした。それよりも、
――つり橋で危険を煽るようなこんな場所、まるで誰かのハッキリとした意図が介在しているようで、そんなところを見てみたい――
 と、感じたのだ。
 最初はゆっくり渡ろうかと思ったが、ゆっくり渡ると却って恐ろしさを倍増させてしまう。
 思ったら一気に渡ってしまわないと、躊躇する。躊躇してしまうと、きっと足元を見てしまうだろう。そこに危険があることが分かっているからだ。
 足元を見てしまっては、まず先には行けない。
 かといって、戻るのも恐ろしい。
 踵を返すことは、前に進むよりも怖いことだ。首から上だけを捻って、後ろを振り返るしか方法はないが、そうして見ると、後ろがかなり遠くに感じられる。
――こんなに進んでいたのか?
 ちょっとしか進んでいなくても、半分以上進んだ気持ちになっていることだろう。そうなると、後ろに戻ることは不可能なのだ。
 こういう足元が不安定で危ないところを渡る時は、
「絶対に振り向いてはいけない」
 と、聞いたことがあった。その場で立ちすくんでしまうからだと教えられた。
 その時は意味が分からなかったが、
――こういうことだったのか――
 と、納得させられたのである。
「行くも戻るも地獄なら、進むしかないか」
 と思うのも仕方がないことだ。
 その時初めて、どうしてここに来ようと思ったのかを考えた。そこには後悔の念がハッキリと存在したからである。もし、後悔しなければ、ここに来てみようとどうして考えたかなど、思い返すこともなかったであろう。
 足元を見ることもできず、後ろを振り返るなど、もっての他。前を向いて進むしかない。それもゆっくりでは恐怖が募るばかりだ。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次