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自我納得の人生

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 と、ハッキリ言えないところは、姉の話を母から聞いた時と、隠し事の時期が近かったような気がしたからだ。気のせいで片づけられることではないような気がする。
「あなたは、ここに来るまでにいろいろなタブーを経験してきたと思うけど、それは私があなたに分かってほしいと思っているから、敢えて示したものなのよ」
「お母さんや、お兄さんにも同じようなタブーを課したんですか?」
「ええ、でも、それほど強いものだったとは思っていなかったんだけど、特にお兄さんには結構きつかったみたいね。お兄さんが死んだ理由の一つには、私が課したタブーがあるのかも知れないわ」
 どうやら、お姉さんも、兄の死の本当の理由までは分からないようだ。
「あなたのお兄さんがどうして死ぬことになったのか、実は私もハッキリは分かりません。きっと、私が生きているわけでも死んでいるわけでもないので、生きている時の気持ちも死んでからの気持ちもある程度までは分かるんだけど、本当のところは分からないの。私だって、本当は不安なのよ」
 そう言って、腕を胸の前で組み、身体を縮めて、寒そうにしていた。
「お姉ちゃん、寒いのかい?」
 そう言って、姉に近づこうとした。
 最初は、後ろ向きに震えていた姉だったが、話を始めると、瞬きをする間に、前を向き直り、誠を見ていた。
 見ていたと言っても、顔が見えるわけではない。後ろに光っているものを感じるため、逆光になってしまい、顔は確認できない。
「お兄さんが死んだのはね。あなたもさっき通ってきた吊り橋を渡りきれなかったからなのよ」
 誠は吊り橋を思い出していた。
 渡り始めると、
――これほど恐ろしいものだったんだ――
 と感じさせるほど、見た目よりもよほど恐ろしさを感じさせた。それを思い出すと、誠も背筋に寒気を感じ、無意識に身体が震えだしていた。
――同じだ――
 誠は自分が震えている周期と、姉の震える周期が同じであることに気が付いた。
――同じことを考えているのかも知れない――
 と、感じた。
 姉も、あそこを渡ってきたのだ。誠が感じたのと同じ感覚を身体に感じ、震えているのだろう。
「あの吊り橋を僕も渡ったけど、後ろを振り向くことは絶対にできないって感じたんだけど、違うかな?」
 誠はあの時、後ろを振り返ったように意識していたが、実際には振り返ったわけではない。後ろに気配を感じたのだ。
 それは前を向いているはずの自分が、振り返らずに後ろを見ている気配である。
――後ろを見ることは許されない――
 というタブーを感じた時、後ろが見えたような気がした。その時に感じたのが、
「前に進むにも後ろに戻るにも恐ろしいのは同じだ」
 ということだった。
 そのおかげで、前に進むしかないという「納得」が誠の中で出来上がっていた。
「その時に、パインの匂いを嗅いだでしょう? 前の日に泊まった宿でも同じようにパインの匂いを嗅いだと思うんだけど」
「ええ、その通りです」
「あなたにとって、パインの香りは子供の頃に行った温泉で見た地獄のイメージ。あなたは知らなかったでしょうけど、お母さんも、お兄さんも、二人とも同じ思いをしていたんですよ」
 自分だけだと思うことは結構あった。特に、他の人が思わないようなことを自分が発想することに、自分が他の人とは違うという、歪な優越感を感じていたからだ。そうう意味では兄や母も感じていたというのは、不思議な感覚だった。姉は続ける。
「でもね。肝心なところで違いがあるのよ。お兄さんの場合は、パインの香りは、死への橋渡しだと思っていたみたいなのね。子供の頃に見た地獄のイメージが、あまりにも強く頭に残っているらしいの。あなたも、結構強く残っているようだけど、地獄を感じたからといって、死を連想するところまではなさそうね。でもお兄さんの場合は、それが自殺の原因の一つになったことも事実なのよ」
「じゃあ、一歩間違えれば、僕も兄のように自殺していたことになるのかな?」
「人の感じ方、感性はそれぞれだからね。そういう意味では紙一重のところもあるのよ。特に兄弟なんだから、微妙に似ていて、微妙に違っているというのも、無理のないことなのかも知れないわ」
 と、姉は話してくれた。
「お母さんも、当然、パインの匂いは感じたんですよね?」
「ええ、感じたはずよ。でも、お母さんは、パインの匂いを感じると、私を思い出すらしいの。私は、お母さんに思い出してほしくて、何度かお母さんには、パインの匂いを感じさせたわ。でも、実際に匂いを感じると、確かに思い出してくれるんだけど、それは思い出の中の私を思い出してくれるだけで、ここにいる私を感じてくれるわけではないの。それを感じた時、さすがに寂しいと思ったわ。私が、ここから抜け出せない理由の一つは、そこにあるのかも知れないわね」
「でも、お母さんは生きているということは、この吊り橋を渡れたということだよね?」
「ええ、お母さんは、いざとなると、肝が据わる人なのよ。情緒不安定になったりしているけど、あなたたちが感じているよりも、よほどしっかりしているのよ」
「でも、それは、お姉さんがお母さんの中に入ったからじゃないの?」
「それもあるかも知れないけど、お母さんの中に入ってみて初めて分かった。お母さんは思ったよりもしっかりしているんだということをね。でも、それはあなたにも言えることなのよ。あなたは意識がないかも知れないけど、私もあなたの中に入ったことがあるの。以前にも見たことがある光景を感じたりしたことってなかった?」
「えっ? それはデジャブだと思っていたんだけど」
「デジャブというのは、本当は誰かがその人の身体に入って、記憶を操作するから感じることなのよ。あなただったら、デジャブに感じる超常現象と、今私を話している現実とを重ね合わせてみれば、どちらが納得のいくことかどうか、分かるでしょう?」
「確かに言われてみれば、そうですね。でも、まだ自分が妄想を抱いていて、そこで自分勝手な考えで動いているんじゃないかって思いも拭いきれないんだ」
「俄かには信じられないことでしょうね。でも、すぐにあなたも納得することになるのよ」
 姉は不気味な笑みを浮かべた。
 笑みの正体がどこから来るのか、すぐには分からなかった。だが、姉が微笑む時には何かが分かってくるのではないかという発想は、姉の話を聞いていると感じてくる。
 誠が、今姉と話しているのは、妄想だと思っている。しかし、その妄想を見させたのも姉であり、誠自身が納得して見ているものだと思っている。
――妄想が現実とは違うものだという発想は、どこから来たのだろう?
 自分一人で勝手に思いこんでいるという発想からであろうか? それとも、普段の頭では到底考えられないような発想が生まれるのは、現実を考えないようにしないといけないからだと思うからなのか?
 現実からの派生が妄想だとすると、後者の考えは違っていることになる。やはり、一人で勝手に考えているからだという思いに集中してしまうだろう。
 誠にとって、姉の存在、兄の存在、母の存在、それぞれを別々に感じていた。別の人間なのだから当たり前のことだが、それは、家族として別々に感じていたということだ。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次