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自我納得の人生

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 家族に対して遠慮することなく、何でも話をしていた母だったが、それを本当の性格だと思ってみていると、実は、必要以上なくらい、まわりに気を遣う性格に見えて仕方がない。母親が家族の中で浮いて感じられるようになったのは、そのあたりが最初だったように思う。
 絶えず、母は誰かを怖がっていた。相手は父親だったり、兄だったりするが、誠を怖がっているような感じを受けたことは、最近までにはなかったことだ。
 それが、ここ二年ほどの間に母は急に大人しくなってしまい、情緒不安定になることもなくなった。その代わり、急にやつれたように見え始め、数か月会わなかっただけで、十年は年を取ったように思ったくらいだったのだ。
 母は、数年前から病気がちだった。入退院を繰り返していたが、持病を持っての入退院ではない。その時々で症状が違うのだ。
 中には原因がよく分からないというものもあった。
「とりあえず、入院していただいて、精密検査をしてみないと、何とも言えませんね」
 と、その時の病気を中心に精密検査を行うのだが、病気以外のところで、何か異常が見られることはなかった。
「精神的なものですかね?」
 母が情緒不安定で、精神内科に通っていることも話をして、以前に通院していた精神内科からの情報も得ていたはずなのに、実際に精密検査をしても、そこから分かることは何もなかったのである。
 病院に誠も何度か付き添ったことがあったが、いつ行っても、あの薬品の臭いにはなじめない。頭がクラクラして、気が付けば気絶していたということが今までに何度あったことだろう。
――病院だけは、どうしても好きになれない――
 自分が病気ではなく付き添っている時の方がむしろ、薬品に酔ってしまうことが多かった。アルコールの臭いが一番効果があるようで、アルコールの臭いがしてくると、意識が薄れてくるのが手に取るように分かるようだった。
――やめてくれ――
 何に対して訴えているのか分からないが、声にならない声を発して、そのまま眠りの世界に入ってくるのを感じるのだった。

                   ◇

 誠は小学生の頃、よくケガをして保健室に行き、治療してもらっていた。薬品の臭いというと、まず思い浮かぶのは小学校での保健室の臭いだった。
 学校の校舎に入るなり、保健室がどんなに遠くにあろうとも、薬品の臭いがしてくるように感じていた時期が確かにあった。
 そんなに長い時期ではなかったが、教室と教室の間に長い廊下があったが、そこを通るたびに、どんどん暗闇に入り込んでくるような錯覚を覚えた。
 それは、洞窟の中で感じた冷たさに似ていた。寒くて冷たいはずなのに、どこか冷え切っていない雰囲気を感じた洞窟だったが、学校の廊下も、決して温かいわけではなかったが、暗さのわりには、そこまでの寒さを感じなかったのである。
 暗い廊下は、暗く感じれば感じるほど長く感じられ、その先に見えている光が本当に表に繋がっているのかと疑問に思ったこともあったくらいだ。
 表に出てみると、さっきまでの暗さがウソのように感じられた。薬品の臭いも、光に当たったことで、すべて蒸発してしまったかのように感じる。
――錯覚だったのかな?
 確かに感じたはずの薬品の臭いさえ、まるで自分の思い過ごしではないかと思うほどであった。ただ、臭いが残っていないと思っているくせに、自分が感じないだけで、染みついた臭いは、当分の間、消えることはないのだろうと思えてならなかった。
 薬品の臭いが籠っているのは、学校だけではなかった。誠の家の近くには外科があった。そこは、救急病院で、夜になると、パトランプの赤い色と、サイレンの甲高い音で、何度神経を高ぶらせたことだろう。
 それは子供の頃に限ったことではない。大学入試の間など、サイレンの音とよりも、パトランプの赤い色の方が精神的に追い詰められる気がしてきたのだ。パトランプの光を見れば、思い出すのは学校の暗い廊下だった。廊下の、ただ長くて暗いだけの雰囲気と、切羽詰った息苦しさを感じさせるパトランプの明かりとでは、共通性など感じられるわけもないのに、なぜそれぞれを連想してしまうのだろう?
 それは、自分の意識のない中にでも、怖いものに対して、無意識に共通性を探そうとする意志が働いているからではないだろうか。
 それだけ怖いものに対して、それほど理屈で理解できるようになることが、怖さを和らげる効果があるかということを分かっているからなのかも知れない。
 逆に言えば、怖さを和らげる効果は、共通性を見つけ出して、理屈を積み上げていくしかないということにもなるであろう。ただ、気を付けなければいけないのは、薬でもいくら同じ効果のあるものだからと言って、無制限にいろいろ飲んでいいわけはない。そこには知られざる副作用が含まれているからだ。
 副作用に関しては、薬の臭いが気になるようになってからの、幼かった頃から意識していたような気がする。
 副作用という言葉は知っていても、それがどういう意味なのか分からなかった子供の頃、意味も分からないのに、言葉だけが頭に残っていた。それを口にしていたのは、一体誰だったのだろう?
 副作用という言葉をしょっちゅう口にしていたのは、他ならぬ母だった。誠が子供の頃から、あまり身体が丈夫ではなかった母は、よく薬を飲んでいたような気がする。
 頭痛鎮痛や、風邪薬の類なのだろうが、副作用と言っていたくらいなので、複数の薬を飲んでいたに違いない。
 母がたくさんの薬を飲んでいるところを何度も見た。特に情緒不安定で飲んでいた薬は、種類も多く、精神内科の薬というのは、市販でも売っているような薬とは違い、精神面に影響してくるものだと考えただけで、どうしても、効果の強いものだと、思えてならないのだ。
 母が精神内科に通っていた時、誰かから姉の話を聞かされたのを、思い出していた。聞かせたのは誰だったか覚えていないが、話をする前に、
「誠もそれなりに成長しているので、少しくらい話をしておいてもいいだろう」
 と言われたのが印象的だった。
――それなりというのは、どういうことだ?
 まだまだ半人前ということなのだろうが、それも仕方がないと思っていた。
 ただ、母が情緒不安定な状態が子供の頃からで、それが遺伝したのではないかと思われていたとすれば、どう反応すればいいのだろう?
 面と向かって反発できるだけの自分に自信もなかった。言われることはもっともだと思いながら、逆らえない自分が少し情けなかったのである。
 大人になってくるうちに分かってきたのは、母の情緒不安定の原因は、父の浮気に原因があるようだった。
 父が浮気をしていた時期というのは、それほど長いものではなかったようだが、母が受けたショックは結構多くなものだったに違いない。
 しかし、それはショックを受けた人間側が受け入れるキャパがそれほど大きくなかったことで、抑えることのできなかった思いが、頭の中で堂々巡りを繰り返すことになった。抜けることのできない泥沼の堂々巡りは、母を苦しめたことだろう。言語を絶するものだったに違いない。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次