小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

自我納得の人生

INDEX|30ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

 それでも、母は何も言わない。言えないのかも知れない。二人が離婚しそうでしないのは子供二人がいるからなのだろうか? それとも、子供を理由に、お互いに離婚を思い止まっているだけなのか、どちらにしても、自分たちを理由に勝手に決めないでほしいという気持ちもある。
 兄はどう思っているのかよく分からないが、兄は、父に対してよりも、母の方をまったく見ようとしない。それは、母の性格を嫌っているように思えた。考えてみれば、母と兄とでは、性格は全然違うようだ。
 家族は全体的に、皆自分の世界を持っていたり、悪く言えば、自分の殻に閉じ籠っている人が多かった。誠もその中の一人に違いないが、そのおかげで、兄や父のことはよく分かった。
 しかし、母は二人とは違って、あまり遠慮することもなく、ズケズケと何でも口にしたり、急に訳もなく明るくなることがあった。それは豹変したというよりも、元々そういう性格で、隠し事が苦手だったり、自分の中で抑えておくことができない性格だったに違いない。
 ただ、家族の中で、母だけが女性であるということも、紛れもない事実だった。男とは明らかに違っても、それは仕方がないことではないだろうか。
 しかし、露骨に違うというのは、少し腑に落ちない。
「お母さんは、急に変わるからな。さっきまであんなに落ち着いていたと思ったのに、何かの拍子にいきなり怒り出したりする」
 それは兄が小学校を卒業する少し前に話していたことだったように思う。
――我ながら、それがよく兄の小学生を卒業する少し前だってこと、覚えていたものだな――
 と感じたが、まさしくその通りだった。
 小学校を卒業する少し前から、兄も急に変わった。
 その頃から誠を無視するようになったのだが、ひょっとすると、母のその話をしたのが最後、無視をし始めたのは、その直後だったからだ。
 兄が母の話をしたのも本当は珍しいことだった。それが誠に対していつも話しかけてくれていたことの最後になったというのも皮肉なことだった。
 母はその頃から、情緒不安定な感じになり、急に怒り出すことも珍しくなかった。
 最初は、
「そのうちにすぐに治るだろうから、少し様子を見よう」
 という父の一言で、少し放っておいたが、さすがになかなか治らないことで、父が直々に精神内科に連れていったのだ。
「情緒不安定ということで、薬を貰ってきたよ」
 と言って、その薬を常用するようになった。
 その薬は結構強いもののようで、すぐに眠くなっていた。家族で食事をしながらでも、たまに急に寝てしまっている母がいることも、珍しくはなかったのだ。
 そんな時、家族は誰も起こそうとはしない。
「寝かせておいてあげよう」
 と言って、父が布団を敷いて、運んでいた。
 そんな母の状態も、数か月もすれば、すっかりよくなっていた。それから、母の時々ハイテンションになる時期が始まったのだ。
 ハイテンションなら、少し気にはなるが、そんなに悪いことではない。怒り出すわけでもないし、おかしなことを口走るわけでもない。そのうちに家族も、
「これがお母さんの性格なんだ」
 と、感じるようになり、今度こそ放っておくことにした。ただ、そんな中で絶えず母のことを心配している父がいるのが気になるところだった。
――何か、母に喋られては困るようなことがあるのかな?
 と感じるほどだったが、それ以上を追及する気にはならなかった。
 人に対して遠慮のない話し方は、そのうちに誠に伝染したのか、誠も自分の話をした内容で、急に相手が怒り出して、ビックリしたことがあった。
 最初は、
――話す相手が悪かったんだ――
 と感じたほどだったが、そういうわけではなかった。他の人からも同じように急に怒り出されたことがあったのを感じると、その原因は明らかに自分にあるとしか思えないのだった。
 その頃には、誠は高校生になっていて、まわりは皆大人に見えていた。
 自分だけが子供のままのような気持ちだった誠は、兄に対して見ていた目を、今度はまわりの友達に向けるようになる。
 兄に対しては、最初から年齢差を感じていたので、そこまではなかったが、友達に対しては、コンプレックスではなく、競争心が生まれてきたように思ったはずなのに、
――何を競走すればいいんだ?
 と、自分が考え始めたことが、自分の中でまとまっていないことに気付くのだった。
 競争心というもの自体、それまでに感じたこともないのだから、感じたとしても、どうしていいのか分からない。特に今まで家族を意識することはあっても、まわりの友達を競争相手として感じたことはなかった。
 入試の時でも同じである。
――競争相手は、まわりではなく自分なんだ――
 それは先生も言っていたことだ。その言葉を鵜呑みにできるだけの気持ちが誠の中にはあった。それは、家族を意識しすぎているからだということを、誠はずっと気付かないでいたのだ。
 母が情緒不安定の時期を迎えたのは、誠が高校を卒業する頃だった。
「また、お母さんを病院に連れていかなければならないな」 
 と父が言っていたが、先生に母が最近までハイテンションだったことを告げると、
「お母さんは、精神的に二重人格なのかも知れませんね。今は長い周期での情緒不安定ですが、そのうちに周期が短くなるような気がしますね。怒りっぽい時があると思えば、いきなり、ハイテンションになるような感じですね。もっとも、本当は周期は短い方が一般的なんですけどね」
 と言っていた。
 母親が二重人格だと知ると、家族は皆、母親に対して憐みの表情を浮かべるようになった。確かに可哀そうだと思うのだが、家族の視線には、まるで他人事のようにしか感じない。
「可哀そうなお母さん。でも、その遺伝が僕にはなくて、ホッとしているよ」
 という視線を兄から感じる。憐みの中に冷たさがあり、その根底には、他人事だという意識が根付いているのだった。
 父から感じるのは、兄よりももっと露骨なものだった。他人事というよりも、上から目線に感じられ、これから先、何があっても、悪いのは自分ではなく母の方だと言わんばかりの態度に、父の本当を見たように思えた。その冷静な目は、結婚を後悔しているというよりも、自分の方が優位に立てたことを、喜んでいるかのようであった。
 結婚した時は母の方が上から目線だったのではないかと思わせた。
 物心つく前も、母が怖かったという印象があった。それなのに、実際に成長してみると、子供の頃に感じた怖さは、それほど感じない。それだけ、家庭に入ると、落ち着いてきたということなのだろうが、精神サイクルの周期が大きくなっただけなのかも知れないとも感じていた。
 精神サイクルの周期が長いということは、それだけ安定した家庭環境なのか、それとも、忙しくて、そこまで神経が回らないのかのどちらかであろう。しかし母親からは安定した家庭環境というよりも、絶えず忙しそうにしているのが目立った。それは母がわざとまわりにそう見せていたのかも知れない。家族に心配かけたくないというより、心配される方がよほどきついと思っているからなのかも知れない。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次