自我納得の人生
これこそコンプレックスで、実は今も消えることはない。
それから、どんなに立場が変わろうとも、このコンプレックスに変化はなかった。それは絶対に年齢では兄に追いつけないという感覚に似たものがあり、一度感じたコンプレックスは、
――消してはいけないものだ――
というおかしな感覚をもたらしていたのだ。
兄の気持ちを分かろうなどと思わなかった。兄も弟の気持ちを分かろうという意識はなかった。
――兄弟だから分かり合えて当然――
という気持ちが、小学生低学年まであって、その思いがお互いに消えることはなかったのだ。
そういう気持ちを持ちながら、お互いに分かり合えない気持ちがあり、かたや不安が募っていて、かたやコンプレックスに凝り固まっている。お互いに、
――決して交わることのない平行線を描いているんだ――
という意識を持ちながら、どうすれば交わることができるのかということを、考えようともしなかった。それが運命だと思っていたからである。
「あれだけ双子のように性格が似ていたのに、ここまで変わってしまうなんて」
と親もまわりも思っているかも知れない。
しかし、一度分かり合えないと思うと、兄弟が理解し合えるところまで戻るには時間が掛かるのかも知れない。
かといって時間を掛ければいいというものでもない。却って時間が掛かりすぎると、収拾がつかないところまで来ているかも知れないと思うからだ。時間が経てば経つほど溝が深まってくるということは往々にしてあるものだ。二人が作ってしまったしがらみは、二人でしか解決できないものだからである。
誠は兄を見ていると焦れったく思うことがあった。
それは女性に対してのことで、
――もっと積極的にならないと、付き合うことなどできないのに――
と思う。
羨ましいくせに、せっかくうまくいきかけていることを、もたもたされてしまうと、実に苛立ってしまうのだ。それはまるで自分のことを見ているようで、その時だけ、気持ちは兄の中に入っていることに、その時の誠は分かっていなかったのだ。
兄が晩生というわけではないような気がしていた。自分も焦れったく見えてはいるが実際にその場面になると、
――本当に積極的になれるのだろうか?
と考えてしまうものだった。
そのあたりが、やはり兄弟というべきなのだろうか。誠は兄の背中を見て育ったのだから、
――兄のことは何でも分かる――
と思っているのだろうが、考えてみれば、背中しか見ていないのだ。相手の顔を正面から見ているわけではなく、どちらかというと兄をバリケードにして、危険なことから逃げようとする態度に出ているのかも知れない。
兄の背中を毎日見ていると、自分が逃れることのできない何かを抱え込んでいるような気がしてきた。
――小学生低学年で、よく分かったものだ――
と思ったが、その頃の誠は、
――自分で納得できないものは信じない――
という確固たるものを持っていた。
信念というほど大げさなものではなかったのだろうが、小学生としては、結構強い意志だったことだろう。そのために兄を利用しているという意識を持ちながら、兄の背中に隠れることは、
――弟の特権――
とまで思っていた。
納得できないことも多かったが、納得できることもあった。特に兄の背中には説得力があり、何も言わないが、じっと見ているだけで、
――兄の考えていることが分かってくるのではないか――
と、思えるほどだった。
誠が兄の背中を意識しなくなったのは、ある日突然だった。
成長期に差し掛かったことで兄の背中を見ることもなく、大人に近づいたというわけではない。逆に、
――兄の背中を見ていて、今まで信じられたものが信じられなくなった――
というのが、直接の原因だった。
では、一体何が信用できて、何が信用できないのかということを、その頃分からなくなった。
飽きっぽいと言われるほどいろいろなことに興味を示したのは、信じられることを見つけたかったからだった。別に飽きっぽいわけでもない。人にそう見えたというのは、誠が無意識に、まわりに対してそう思わせるように仕向けていたのかも知れない。
真剣に何かを探すために、いろいろ物色していたのは事実だが、中学生の誠がそんなことを言っても、誰も信用しないだろう。もっとも、どう説明していいかも分からないのだ。信用される以前の問題である。
そういう意味では、誠は不器用であった。自分の考えを素直に表に出すことができない。いや、出したいと思っていないのかも知れない。
他の人ならまだ、まわりから見て、
「あの人はあの人なりに悩んでいるのよ」
と、悩んでいることが他の人にも分かりそうなものである。
だが、誠は自分が何を考えているか、他の人に悟られることを嫌っていたのだ。
それは、恥かしいなどというものではない。知られることで自分の中にある、
――納得できないことは、信じられない――
ということを知られたくないからだ。
信じられないということは、そのまま嫌悪に繋がってしまう。嫌悪を表に出している人に対して、誰が気を遣ったりするものだろうか。それを思うと、相手も信じられなくなるというものである。
兄の背中を見なくなったことが、信じられなくなったことだということを、兄は知らないに違いない。
もし、そのことを知っているとすれば、少し事情は変わってくる。知らないからこそ、兄はスポーツに熱中することができ、弟は、いろいろなことに興味を持つことができた。しかし、お互いに不器用なので、不安に感じたり、飽きっぽかったりする。そういう意味では二人とも因果な性格だと言えるだろう。
――因果応報――
という言葉があるが、まだ中学生の二人にそんな言葉の意味が分かるわけもなく、最初に知ったのは誠の方だった。
――これから一体どうなっていくのだろう?
初めて、誠が不安な気分になった時だった。
◇
誠は、今年三十五歳になっていた。
まだ結婚はしていないが、結婚しようと思った時期はあった。相手は自分よりも五歳ほど年下で、少し派手好きの女だった。
誠はというと、地味という言葉が実に良く似合う性格の男になっていた。もっとも子供の頃から派手なことはあまり好きではなく、まわりの男性のように、ファッションに興味を持ったりすることもなかった。
高校時代までは、他の人とさほど差は感じられなかったが、それは表面上のことで、人と群れを成すことを極端に嫌っていたので、いつも一人でいたのだ。
そんな誠の相手をする人は少なかったが、それでも友達はいた。彼らもあまりまわりに馴染む性格ではなく、まわりも彼らを別格として扱っていたこともあって、別の集団を形成していた。
誠はその中の一人であったが、別の集団といっても、群れを成すわけではない。時々話をする程度で、元々群れを成すのが嫌いな連中なので、ほとんどが単独行動だった。
――他人のことには干渉しない――
これが暗黙の了解となっていて、誠もその方がありがたかった。