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自我納得の人生

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「あなたとは、今日が初めてではないような気がするくらいだわ」
 と、続けたが、その言葉の意味はもちろん、理解できるものではない。
「どういうことなんですか?」
「あなたとは、どこか別の場所でも会ったような気がするの。それも、私にとって救世主であるかのような感じでの出会いなんだわ」
 と、視線はあらぬ方向を見つめているが、そこで見つめる先は、本当に天井だったのだろうか?
 誠は、彼女の表情を横目に見ながら、救世主という言葉が頭の中にこびりついた気がした。だが、少しだけ意識をしていた時期があったが、すぐに忘れてしまった。きっと記憶の奥に封印されてしまったのだろう。
 そのことが、洞窟の中で見た女の妄想と結びついている。妄想がなければ、彼女との二人きりの秘密を覚えていることもなかったかも知れない。
 もっと普通の恋愛として意識していたはずだった。一回だけの彼女にとってはアバンチュールで、それに誠が乗ってあげたというだけで、終わっていればよかった。
 兄に対しての後ろめたさがあったが、それも、兄に対しての嫉妬心を少しでも和らげられたと思えば、それでいい。少し自分に都合のいい考えだが、兄に対しては、それくらいがちょうどいいと思っていたのだ。
 誠は人に染まりやすいという子供の頃の性格を思い出したのも、実はその時だった。
 なぜ、彼女と身体を重ねている時、自分が女になったような気がしたのか分からなかったが、
――姉がいた――
 という秘密を、ずっと半信半疑でいた自分の中の鬱積した気持ちが、自分の中に姉を見せたのではないかという不思議な妄想を感じた。
 今までに感じたことのない快感の中で、逃げ出したいほど、どうしていいか分からなくなった時、
――別の人になってしまえばいい――
 と無意識に感じたのかも知れない。
 そう思うと、誠は自分には、
――何か不思議な力が宿っているのかも知れない――
 と思うのだった。
 それは、ある日突然降臨してくるものなのか、それとも、一定の興奮状態や覚醒状態に陥った時に湧き出してくるものなのか分からない。だが、その思いを感じたのは一度や二度ではなかったような気がする。
 断崖絶壁の吊り橋や、洞窟の中で感じたことなど、その不思議な力の賜物があったのかも知れない。
――あの時死んでいたかも知れないしな――
 と一瞬だけ感じたが、
――そんなバカなことはない。あそこで死んだ人なんて聞いたことがないし、自殺の名所を前にして、自殺しようとした人があそこで死んだりしたのでは、洒落にならないからな――
 と、思うのだった。
 不思議な力について考えるようになって、すぐに兄を見返してみた。
――僕に不思議な力が備わっているのだとすれば、兄にも備わっているはずではないか――
 と感じたからだ。
 だが、そう思って見れば見るほど、兄は普通の人間だった。どこかに不思議な力を感じさせるようなオーラが潜んでいるわけではない。
 ただ、不思議な力というのは、本当にオーラを発するものなのだろうかという発想もあった。
 それは自分にも言えることで、自分にオーラを感じるかというと、感じることはできない。
 誠にとって、兄という存在は、子供の頃のようにいつも背中を見つめている相手ではなくなっていた。
――兄は兄なんだ――
 年齢を追い越すことはできないので、兄が前を見続けている限り、自分は背中を見つめるしかできない。それは分かるのだが、一度も後ろを振り向かないというのも腑に落ちないところである。
 子供の頃もそうだった。
「本当に双子のように似ているわね」
 と、言われて兄は複雑な顔をしていた。誠はそれを兄が、
――照れているんだ――
 と思っていたが、そうでもないようだ。
 誠も人から言われて苦笑いをするだけだったが、それ以上、どんな顔をしていいか分からなかっただけだ。だが、兄の場合は、他の表情をしようと思っていてもできないような引きつった表情が複雑な表情の中にはあった。
 いや、他の表情をしようとしてできないという感覚が大部分を占めていたのではないだろうか。
――兄にとって、僕はそんなに疎ましい存在なのかな?
 子供の頃なので、ずっと後ろに付きまとっていたことで、疎ましいと思われていたのだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
――兄には弟なんてほしいと思っていなかったのか、それとも、弟はほしいと思っていたが、僕だったから嫌だったのか――
 誠は、そのことを考えるようになっていた。
 そして、兄の彼女と秘密を持ってから、
――やっぱり、兄は僕だから疎ましく思っていたんだ――
 と感じるようになった。
 誠が兄の彼女と関係を持つようになって、兄は誠に対して開き直ったようになっていた。
 別に怒っているという雰囲気は感じない。きっと二人の秘密を知らないからだろう。
 それなら、開き直った態度を取るのもおかしなものだ。何か感じるものはあったようだが、それを突き止めようとはしなかった。
 それまでも、他人行儀なところが多かったが、それだけではなくなっていた。ただ、毛嫌いをするわけではない。誠に対しての視線は本当に冷たいもので、それは他人感情を通り越したものに思えてなからなかった。
 だが、そのうちに誠に対しては無表情になる。完全に感情を表に出していないのだ。それが開き直りに感じられたが、次第に開き直りではなく、本当に感情が表に出ていなくなったのだ。
 誠は、兄が誰に対しても同じような表情をしているのではないかと最初は感じたが、どうもそうではないようだ。他の人に対しては、感情が顔に出ているし、今までと変わりはない。いや、自分に対して本当の無表情を浴びせているので、余計に他の人に対しては、表情豊かに感じられるのだ。
――一体、どうしたんだ?
 とも感じたが、考えてみれば、こうなるのは想像済みだったような気がする。
 兄の彼女との関係を持ったことへの罪悪感は、この瞬間に消えてしまった。兄の彼女を取ってしまったことへのわだかまりも一切なくなり、
――あんたがボヤボヤしているから、女を取られるんだ――
 というくらいに感じたのだ。
 だが、兄は、本当にボンヤリしていたから、誠が彼女と秘密を持つことができたのだろうか? どうもそれも違うような気がする。
――兄には、最初から分かっていたのではないか――
 と、いう思いも浮かんできた。それが疑念になってくると、信憑性も生まれてくる。誠にとっては、次第に自分の中の考えが、あまりにも自分に都合がよすぎたのではないかという思いに至らせることだった。
 誠は兄と一線を画すようになったのは、誠が就職してからだった。
 兄は誠と一緒にいる時、露骨に嫌な顔をするようになった。兄もこちらから連絡するから仕方なく会っていたのであれば、連絡しなければいいだけだ。連絡をしなくなると、最初はそれでも気になっていたが、次第に兄のことを忘れるようになった。
 ただ、夢の中に出てくるのは姉に変わっていた。それまでは夢を見ると兄がどこかで関わっていて、それだけ兄を意識しているのを分かっていた。
――嫉妬しているはずなのに、夢の中にまで出てくるなんて、意識している証拠なのだろうか?
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次