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自我納得の人生

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「俺は母親のことはあまり思い出さないんだけど、父親のことは、なぜか思い出すんだよな」
 と言っていた。まるで、誠の心を見透かされたようで、わざと正反対のことを言っているのではないかと勘繰ったほどだった。
 兄と自分の性格は、結構反対なところが多かった。それだけに、
――逆も真なり――
 で、さすが兄弟だと思ったほどだった。
 しかし、違うところは極端に違う。それを大きく感じたのは、兄は絶対にまわりに染まることがないということだった。
 兄を見ていると、人に染まることを嫌っている意識はなさそうだ。誠は逆に人に染まるのを嫌っているのに、なぜか気が付けばまわりに染まってしまっている。意識しない方がいいということだろうか?
 意識し始める前を思い出そうとしたが、意識し始める前の自分が人に染まっていたかどうか分からない。人に染まっているということを感じるようになって、自分が実は人に染まることを嫌がる性格だったことに気が付いたくらいだ。
 昔の自分を思い出そうとすると、思い出せる部分と思い出せない部分が極端であった。思い出せるところはハッキリと思い出せるのに、それ以外は、まるで記憶が欠落したかのようにまったく思い出せないのだ。
 それは、二重人格の裏表を示しているかのようだった。
 どんでん返しの舞台のように、表に出ている自分と、裏に隠れている部分、
――本当に一人の人間に宿っているものなのだろうか?
 と感じるほどだった。
 表に出ている部分と、裏に隠れている部分はすべてが紙一重ではないだろうか? 一歩違っていれば、どちらが表であっても裏であっても分からない。それは本人にも言えることで、紙一重の部分というのは、元は同じ一つのものだったのではないかとさえ思うのだった。
 人に染まりやすい部分は、表に出ている部分を絶えず刺激していたようだ。どちらが表に出ていようとも、絶えず人に染まっていた。人に染まることが楽だったのかも知れない。
――人は無意識に楽な方に行くものだ――
 という考えが頭を擡げる。
 しかも人に染まっていくと、まるで保護色のように外敵から自分を守ることができる。それを思うと、無意識であるだけに、本能だとは言えないだろうか。
 人に染まりやすいのは、何も性格だけではなかった。
 外見も人に似てくるらしく、小さかった頃に仲が良かった友達に似ていると言われていたらしい。
 もっとも、後になって聞いたことだったので、その時は分からなかった。この話を聞くことで、自分が人に染まりやすいのだということを、自覚するようになったというのが真相だった。
 そう思ってくると、もう一つの疑念も感じてくるようになった。
 子供の頃、一番誰に似ているかと言われると、当然のことながら、兄だった。
「本当に双子のように似ているよな」
 と、まわりから言われていたが、誠はまんざらでもなかった。兄弟なのだから似ているのは当然で、似ていると言われることが光栄に思うくらいだった。
 それだけに、中学になって急に似てこなくなると、余計に兄に対して感じた嫉妬は深く大きくなっていった。兄の方も、
――どうして、そんなに毛嫌いするんだ?
 と思っていたかも知れない。
 毛嫌いしていたわけではないが、兄が疎ましいと思っていたのは事実だ。疎ましさは嫉妬から来たもので。嫉妬は毛嫌いに結びつくものではないと思っていた。
 誠は、兄の彼女と関係を持った時のことを思い出していた。
 最初は兄に彼女ができて、羨ましいと思う反面、まわりからモテなくなることを喜んでいる自分がいるのも感じていた。
 兄にはずっと彼女ができなかったが、それは選り好みしていたわけではなく、たぶん、モテすぎると、女性同士で遠慮があったり、女性の側からすると、
「好きだと思っている気持ちは、ただの憧れなのかも知れないわ」
 と思っていたのではないだろうか。
 兄が、あまり女性を相手にしないところでそう感じたのだろうが、女性というのは、
――自分のことだけを愛してくれる人じゃなければ嫌だ――
 と思うものだからである。
 その気持ちは、誠にはよく分かる。そう感じる時、誠は自分が女性の気持ちになったような気がするのだ。それも兄のことを考えた時にである。それ以外のことを考えている時に、自分が女性になったような気はしてこないのだった。
 兄の彼女が誠に興味を持ったのは、実は誠が女性の気持ちになった時だった。
 普段なら、女性の思いになった時は、少しの間だけ女性の気持ちになるだけで、すぐに女性の気持ちになったことさえ忘れるほど、一気に我に返っていた。
 しかし、その時は女性の気持ちになったまま、なかなか我に返ることはなかった。そんな時すかさず兄の彼女は、誠に近づいてきた。
 誠はされるがままだった。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。さあ、力を抜いて」
 耳元で囁かれると、思わず声が漏れてしまう。その時にはすでに理性は吹っ飛んでいたような気がする。
 誠の息が荒くなっているのを見ながら、彼女は満足そうに口元を歪め、妖艶な笑みを浮かべていた。さらに息が耳に吹きかかる。
「あっ」
 その声は、すでに男の声ではなかった。思わず自分でも興奮してしまうほどの、甘い女性の声だったのだ。
「あなた、可愛いわ」
 兄の彼女と、姉がダブってしまった。身体は痺れていて、緊張と興奮が交互に襲ってくる。
 意識していなければ、一緒に襲ってきているように思うかも知れないが、実際に一緒に襲ってくることはない。交互にタイミングを合わせたかのように襲ってくるのだ。誠はおぼろげな意識の中で、そのことだけは意識していた。
 感じる部分に、彼女の指が舌が這っている。自分が男なのか女のか曖昧な気持ちになりながら、快感に耐えていると、
「我慢しなくてもいいのよ」
 と、まるで、
――私は、あなたのことなら何でも分かる――
 と言いたげだったのだ。
 そう思われているのであれば、却って開き直りも早かった。
――ただ、身を任せていればいいんだ――
 と思えばいいだけだった。
 実際に身を任さているだけで、快感の波は定期的に襲ってくる。次第に感覚が狭まってくると、それに伴い意識も曖昧になる。曖昧になってくると、自分は男ではなく女になってしまったことに気付かされた。
――女同士で――
 そう思うと、最初に感じた後ろめたさは消えていくのを感じた。
 罪悪感だけは残っていたが、後ろめたさが消えてきたのは、自分が女の感覚に陥っていることで、快感を味わっているのが自分ではないことで、兄に対しての後ろめたさがなくなってきたという感覚からだった。誠にとって兄の存在は疎ましいという思い以上に、絶大な存在感をずっと感じさせていたことを、その時に思い知らされた気がした。
 誠が男に戻ったのは、彼女の中に侵入てたいった時だった。
 やはり彼女も女、切ない声で泣き声を上げると、誠は男を思い出していた。
 男としての快感が身体を貫くと、後は一気に上り詰めるだけだった。快感の波はすでになく、後は弾き出すだけになっていた。
 すべてが終わってお互いにぐったりしている時、
「あなたって、不思議な人ね」
 彼女はそう言って、天井を見つめている。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次