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自我納得の人生

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 子供の頃には、そこまで考える力もなく、余裕もなかった。母が洩らした言葉を漠然として聞いていただけで、事の重大さを分かるはずもない。
 もちろん、父親が知っているはずもないだろう。ひょっとすると、母の結婚前のことだったのかも知れない。
 母の育った時代には。そんな話をよく聞くことがあったらしい。今でもあるのだろうが、母の時代には、大きな社会問題になっていたからだろう。それでも母はきっと人知れずの密かな行動だったのかも知れない。
――でも、どうして、僕だけが知ることになったのだろう?
 そう思うと不思議だった。
 ただ、このことで、母を恨むことになってしまった。なぜなら、自分の女性になりたいという感覚は、母から聞いた話が想像となって、自分の中で消化できない部分がもたらした妄想なのかも知れないからだ。誠はそう思うと、自分にだけ話した母親を憎まずにはいられなかったのだ。
――何て罪作りな親なんだ――
 母親としては、そこまで深く考えていなかったのだろう。どちらかというと品行方正に見られていた母は、人からの信頼も厚かった。それだけに、考えもあまり深いところもなく、人当たりのよさだけが、人気を博していたのかも知れない。
 誠の母親は、誠にとって、嫌いなわけではない。むしろ好きなタイプで、自分が好きになる女性のタイプの元は母親だと思っていた。
 しかし、それが見たことのない姉だとするとどうだろう?
 姉は母親と生き写しだというイメージを持っている。見たこともない相手なので、想像するとすれば、当然母親をイメージしてしまう。母親がどんな思いで姉のことを口走ったのか分からないが、それも運命の悪戯だとすると、誠は、今までの人生を思い返さずにはいられなかった。
 誠が最初に姉を意識し始めたのは、兄の後ろをずっとついて歩いている時だった。
 兄の後ろ姿に、時々女の子が一緒にいるようなイメージを感じたからだ。
 その時はまだ、母親から姉の話を聞いていなかった。
――そういえば、あの時に母に話したんだっけ――
 誠は、母がどうして自分に姉の話をしたのか、少し思い当たるところを見つけた気がした。
 あの時、
「お兄ちゃんの横に、女の子が一緒に歩いているような時があるんだけど、僕っておかしいのかな?」
 と、聞いたように思う。
 その時、母は困ったような顔をしていた。ここまで困惑した母の顔は、ほとんど見たことがなかったし、その後にもあまり感じたことのない顔だったように思う。
 しばらく何かを思い出すようにしたが、急に思い立ったような顔になった。
 子供なのに、そこまで感じたわけではないが、今思い出すと、その時の光景が思い浮かぶようだった。
 まるで昨日のことのように思い出されて、それが姉の話だったということと、ずっと結びついていなかったので、記憶としては分散したものだったことで、姉のことも、母が困惑した表情をしたということも、記憶に簡単に封印されていたに違いない。
 封印が一度解けてしまうと、今まで繋がらなかったことが繋がってくる。繋がってくると、
――まるで昨日のことのようだ――
 と感じるのも無理もないことだろう。
 封印した記憶が、時系列を無視するかのように昨日のことのように思い出されるというのは、これと似たことのようだ。
 誠は、母親のことをずっと意識しないようにしていた。
 一緒に暮らしていても、母親が感じているほど、自分は母親に対して意識をしていない。そのことを、ずっと不思議に思っていた。
 別に避けていたわけではない。避けていたわけではないのに、どうしてそこまで意識しないようにしていたかというと、母の後ろに、どうしても見たことのない姉を意識せざるおえなかったからだろう。
 母親がそのことに気付いていたかどうか分からない。しかし、そのことで悩んでいたのは事実のようだ。
 理由が分からなくて悩んでいたのか、それとも、過去に姉のことを話したことへの後悔の念に悩んでいたのか分からない。しかし、そのどちらかだとしか思えない誠は、母親を気の毒にも思うようになっていた。
 子供の頃からの恨みは消えたわけではない。ふいに思い出して、苛立ちが募ってくることもあった。
 しかしその反面、母親の苦悩は見るに堪えないものがあった。
――どうせなら、僕のいないところに行ってほしい。そうすれば、悩んでいるところを見ないで済むからだ――
 と感じるほどだったが、母親に対して、
――因果応報だ――
 という意識もあった。
 因果応報というのは、結局は堂々巡りで、悩んだとしても、悩んでいる頭の中に限界がある限り、どこかで堂々巡りを繰り返すことになるのだ。
 頭の中をどれほど悩みに使っているかというのは、その人それぞれで違うのかも知れないが、大きさによっても、堂々巡りの回数も変わってくる。
 誠の場合は、さほど大きなものだとは意識していない。そうなると、いつも堂々巡りを繰り返しているように思うのだが、なぜか、それでもいいような気がしていた。あまり悩みに頭を使いすぎるのは、他のことが疎かになる。それよりも堂々巡りが頻繁でもまだいいと思う。
 だが、堂々巡りというのは、あまり気持ちのいいものではない。もう一度同じところに戻ってきた時に、少しでも悩みが解決しているのならいいが。解決していないのであれば、もう一度戻った時点で、すでに解決する糸口がなくなってしまったのではないかと思うのだった。
――一度考えてダメなものは、何度考えても同じだ――
 という意識は、誠の中にあった。
 ただ、誠にはこの意識はない。無意識に感じていることのようだ。だから、堂々巡りを繰り返すことに疑問はないのだが、繰り返すことはあまりいい傾向ではないと漠然と感じているのは事実だった。
 姉のことを、兄は知らないはずなので、兄にとって、子供の頃の誠の視線は気持ちのいいものではなかったはずだ。
――なんだ、こいつ、女みたいなやつだな――
 と思っていたことだろう。
 実際に言われたこともあったような気がする。ハッキリと覚えていないのは、それがあまりにも的を得ていたことだったので、自分の中で否定したいという気持ちが強かったのかも知れない。
 誠はそう思うと、兄の中に女性を見ることなく、どうして自分が女性になりたいと思ったのかを考えてみた。
 姉の話は少し聞いただけだが、本当の姉はもうこの世にいないのではないかという思いが誠にはあった。
 そう思うと、母親が自分にだけ姉の話をしてくれた理由が分かった気がした。
――母が僕の中に姉を見たんだ――
 そう、母はあの時、誠にではなく、今はなき、姉に対して話しかけていたのかも知れない。
――僕の中に姉がいるということか?
 だから、女性になりたいなどという妄想を抱くことになった。そう思うと突飛な発想ではあるが、ある程度の話が繋がってくる。
――妄想から一つの仮説が思い浮かぶと、それがキーになって、一つの線が形成される――
 そんなことは、珍しいことではないかも知れない。
 母にとって、誠は姉の生まれ変わりなのではないかと思うと、
――僕は一体何者なんだ?
 と感じるようになった。
 そんなに誠は姉に似ていたというのだろうか?
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次