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自我納得の人生

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 人からは朴念仁のように思われているほど、女性とあまり関わりのない誠だったが、本当は子供の頃から人一倍、女性に興味を持っていた。
――僕が女性だったら――
 などという発想は、子供の頃だから思えたのだ。
 今感じたとしても、すぐに打ち消せる。女性だったら、女性を愛することができないという思いがあるからだ。そういう意味では、誠は女好きになるのだろう。
 大人になってから、
――男性が女性を好きになるのは当たり前のことだ――
 と思うようになると、女性が好きだという発想を、必要以上に持たないようにしようと思った。
 ただ、子供の頃に女性に憧れたと言っても、異性に興味を持つ前だったので、異性に興味を持つようになってから、どうして女性だったらなどという発想をしたのか、自分でも分からなくなった。
 それまでは分かっていたはずだ。しかし、分かっていたというのと、納得したというのは別である。
 誠は自分が女性だったらという思いが、単純に女性への憧れだけだったというわけではなかったのだろう。
 誠がなりたいと思ったのは、大人の女性ではなく、自分よりも少し学年が上くらいの「お姉さん」だった。
 自分には兄はいるが姉はいない。子供の頃は兄に対してコンプレックスも湧いてこなかった。しかし、よく似た二人だったこともあって、気が合ったことで、兄に対して競争心が湧いてくるはずもなかった。今から思えば兄は弟の自分に競争心を抱いていたようだ。分かっていたが、知らないふりをしていた。
 今の誠が兄に対してコンプレックスを抱いているのを兄は知っていたが、子供の頃の誠のように、今度は兄が、知らないふりをしているのだ。
 お互いに気を遣っているのか、それとも知られることへの恥じらいが共通しているのか、お互いに、知らないところで、「兄弟」を自分の中に感じていたのである。
 お姉さんがほしいと思っていた誠とは違い、兄は妹が欲しかったようだ。
 兄が誠をまるで妹のような目で見ていた時期があることを誠は知らない。
――何か気持ち悪い視線を感じた――
 と、兄に対して、
――思い出したくない記憶――
 として、残っていたのだが、逆に誠が兄に、お姉さんを感じたことはなかった。姉と兄では、まったく違うものだからだ。
 姉に対しては憧れを持っていたが、兄に対しては、憧れがなかったのだろうか?
 いや、その頃からすでに、嫉妬があったのかも知れない。中学生になってからコンプレックスを持つほど差ができてしまった兄弟だったが、子供の頃は、まるで双子のようだったということは、お互いに追い抜くことができないということだ。
 兄と弟では同じように見えるのなら、兄の方が得をするのではないかと思われた。
――いつまで経っても、兄を追い越すことはできない――
 常に自分よりも先を歩いている兄、それがどれほど短い距離であったとしても、絶対に追い越すことはできない。追い越してしまえば、それこそがタブーというものだ。そんな思いが記憶から、少しずつ欠落していったことを、誠は覚えている。
――少しずつというのも変なものだ――
 と、誠は感じていた。
――短い距離――
 それは、本当に一瞬前だったのかも知れない。
 今までに彼女ができたことは何度かあるが、そのたびに、相手の女性の方から、
「もうあなたとは一緒にいられないわ」
 と、言われて破局を迎えることが多かった。
 その都度、
「どうしてなんだ?」
 と聞いても、明確な回答は返ってこない。中には、
「自分の胸に聞いてごらんなさい」
 と言って、怒りをあらわにする人もいるくらいだ。
「自分の胸に聞いてみろと言っても、そんなの分からないよ」
 というと、相手は溜息をついて、
「そうでしょうね。分かったとしても、どうしようもないことですものね」
 というだけだった。
 どうしようもないことを、一体どうしろというのか、誠は訳が分からない。もっとも、どうしようもないから、相手も誠を相手にしなくなったのだろう。
 それにしても、最初の頃に付き合った女性はそんなことがなかったのに、途中から、別れる時の理由は、ほとんど一緒のようだった。
――何を僕に感じたというのだろう?
 なかなか分からなかったが、途中から気付いてきたのは、
――自分が女性であったら――
 ということを以前に感じていたことを思い出すようになってからだった。
 忘れていたわけではないのだが、自分の中で、そんなことを考えていたのを否定したいという気持ちが強かった。それが次第に、
――今もその思いが燻っているのかも知れないな――
 と、前に考えていたことを思い出すようになると、どこか心地よさを感じるようになっていた。その思いが表に出ているのではないかと感じるようになったのが、ちょうど、女性から同じ理由で別れを切り出されるようになった時期と似ていた。
――こういう感覚というのは、女性には敏感に分かるものなのかも知れない――
 と感じた。
――男が女性になったように感じる――
 これも一つのタブーなのではないだろうか。
 元々、人間は両性だったという話を聞いたことがあるが、男として生まれるか、女として生まれるかは、紙一重なのかも知れない。
――一人くらい僕みたいな人がいてもいいんじゃないか――
 と思っていたが、考えてみれば。今の世の中、「性同一症候群」というものもあるくらいなので、想定外の発想でもない。
 特に女性は、相手に自分と同じ「女」を男性に感じれば、気持ち悪くなっても当然であろう。よほどの性癖の持ち主でもない限り、そんな男性を好きでいることのできる人はいないはずだ。それを思うと、相手の女性が、
「自分の胸に聞いてみればいい」
 というような話をしたことも頷ける。
 女性から見れば、男性は自分の中では分かっていることだと思っているのだろう。誠にしても、言われて初めて考え始めて、やっと理由に辿り着いたのである。
 そんな誠は、男女の中でのタブーがあるとすれば、これも一つのタブーだと思うようになっていた。
 しかも、誠がなりたいのは、どうしてもお姉さんと思えるような年上の女性である。それは成人した今でも変わらない。
 そう思っていると、誠は自分には本当は姉がいたのではないかと思うようになっていた。小さかった頃、母親が少しそんな言葉を洩らしたような気がした。ただ、聞いたのは一度だけであり、家の中に姉の痕跡を残すものはまったくなかったので、すぐに忘れていたが、それでも自分が年上の女性になりたいと思うようになって、たまにそのことを意識することがあった。
 しかし、その思いはすぐに忘れてしまう。意識の中からまったく消えてしまったかのように思い出したことすら、覚えていないのだ。
 だが、次に思い出した時、
――前にも思い出したような気がする――
 と、まるでデジャブのような感覚だ。
 記憶の中のデジャブは、普通のデジャブと違って。まだ説明が付きそうな気がする。説明が付くというのは、自分が納得できるという意味で、他の人にも分かるかどうかという意味ではない。
 姉がいたとしても、それは公表できない存在なのだろう。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次