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自我納得の人生

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 まず考えたのが、記憶を失うかも知れないというものだった。それは完全になくなるものではなく、一部欠落するだけではないかということであった。一部の欠落であっったら、本人がどこまで意識することになるか分からない。ひょっとすると、記憶を失っていることを意識していないのかも知れない。
 そういえば、誠の友達の中にも、記憶の一部が欠落しているのではないかと思える人がいた。
 いつも一緒に子供の頃は遊んでいたのに、急に態度が変わってしまった。本人は変わってしまったという意識がないようなので、そのことを指摘するのは可哀そうなことだった。指摘できる雰囲気でもなかったし、もし、指摘すれば、確実に殻に閉じ籠ってしまうのは必至だったからである。
 誠も最初は、彼の記憶が欠落しているなど、想像もできなかった。記憶が欠落している部分がどこなのかも分からない。
――きっと本人にしか分からないんだ――
 本人にしか分からないだけではなく、記憶が欠落していることを理解できる人の方が少ないだろう。
 記憶が一部欠落するなど、普通は、そう簡単に分かるわけもない。分からないからこそ、彼の豹変ぶりに誰もがビックリし、彼のまわりから、人が少しずつ離れていった。
 それも一気に離れたわけではない。
――何か変だ――
 とは思っても、それがどこから来ていることなのか、ハッキリと分かる人も少なかったのかも知れない。
 誠は、彼から離れた一人であったが。結構早い段階で彼から離れていた。
 彼の記憶の欠落を知った時、
――このままでは僕にも伝染するのではないか?
 という根拠のない思いが頭を巡ったからだ。
 そう思って、彼のまわりを見ていると、確かに、途中から少し雰囲気が変わった人もいた。彼もどこか記憶がないところがあるような素振りだったので、誠はその人からも花r手いった。
 誠がまわりに、
――記憶の欠落――
 というのを感じたのはその時だけだったので、しばらくそのことについて忘れていた。記憶の奥にはあったのだろうが、引き出すことを自分からすることはなかったのである。
 意識が飽和状態になると、その記憶が引っ張り出された。
――そういえば、そんなことを考えていたんだ――
 と思うと、兄と、兄の彼女を見ているうちに、意識が繋がってくるのを感じたのだ。
 兄を見ていると、時々、
――記憶が欠落していることがあるんじゃないかな?
 と思うようになったことがある。その時は自分の中の奥に封印した記憶を引っ張り出すことはできなかった。だから、意識が繋がらないので、兄に記憶の欠落を感じたとしても、――感じただけ――
 という思いで終わってしまうのだった。
 兄の彼女に対してはどうだろう?
 普段はいつも兄のそばにいて、自分の心の中に、人の気持ちの侵入を許さない感覚に思えるが、やはり時々、いつもとの違いを感じていた。
 それが記憶の欠落を招いているのだということを、誠は感じていた。
――もし、僕が彼女と兄と知り合う前に知り合ったとしたら、付き合うことになっただろうか?
 しばし悩んだが、
――付き合っていたかも知れないな――
 と感じた。
 その根拠は、彼女の中に、誠が求めるものがあったからだ。
 ただ、その思いは絶えず持っているものではなく、時々ふっと感じるもので、もしその時に彼女と知り合っていれば、一にも二もなく付き合っていたに違いない。
――では、長続きしただろうか?
 ある程度は長続きしたかも知れないが、誠の中での長続きとは、どの程度の長さなのだろう?
 三か月くらいでは長いとは言えない。一年であれば、長いと言えるだろう。そう思うと、微妙な感覚であった。長く続いたとしても、そこには、
――ある程度――
 という但し書きが付く。
 記憶が欠落したと思える人を思い返してみると、結構今までに出会った気がする。
――やはり伝染するのだろうか?
 という思いもあったが、それよりも、他の人が誰も気づいていないことを誠自身が気付いているだけで、本人も気づいていないのだと思うと、記憶の欠落のない人の方が珍しいのではないかと思うようになった。
――ということは、記憶が欠落しても、そんなに大したことではないんだ。自他ともに意識していないのに、ちゃんと世の中、まわっているじゃないか――
 と思うのだった。
――僕が気にしすぎるのかな?
 それもあるだろう。気にしすぎるのは、誠の悪いくせでもあったが、それは気にしたことを、どのように考えるかということが重要なのだ。
 必要以上に考えてしまって、本来の事実から離れてしまい、それが想像や、妄想に発展してしまいかねないと思うからであった。
 想像や、妄想が豊かになるのは、記憶の欠落ということが大きく影響しているのではないかと思う。ただ、欠落しているだけではダメなのだ。自分でそのことを意識していることが必要である。
 高校生の頃、記憶の欠落を意識しているのではないかと思う友達がいた。
 彼は、自覚しているくせに、そのことを誰にも話そうとしない。悶々として自分一人で抱えているのが見えていたのだ。
 どうやら彼は、
――このことをまわりに話してはいけないんだ――
 と思っていたようだ。
 話すことはタブーであり、話してしまうと、自分によからぬことが起こってしまうと思い込んでいたのだ。
 彼がまわりを見る目に怯えがあることでそのことを悟ったのだが、誠に対してだけ視線が違った。まるで訴えるような視線を誠に浴びせていたが、誠は、まともにその視線を見ることができなかった。誠もまた、怯えていたのである。
 友達が誠を凝視したことで、彼が記憶の欠落を自覚しているという確信を得たのだが、だからといって、どうすることもできない。ここで、話しかけてしまうと、彼のタブーを破ることになる。誠も自覚があっただけに、タブーを犯す危険を分かっているつもりだ。何よりも、今まで自分の行動に気を付けていたことが、すべて崩壊してしまうのだ。次の瞬間から、どう行動していいか分からず、まるで、吊り橋の上にいるような気持ちになることだろう。
 吊り橋の上で前にも進めず、後ろにも下がることのできない思いを感じた時のことを思い出していた。
――あんな恐ろしい思いは、もうたくさんだ――
 と思ったが、その時一緒に感じたのが、
――僕は、何かタブーを破ったのかな?
 という気持ちだった。
 こんな恐ろしい目に遭うのは、何かのタブーを破ったために違いない。
――一体、僕にはタブーがいくつあるのだろう?
 今までに怖い目にあったり、不安に駆られて鬱状態のようになり、抜けられなくなったりしたことがあったが、それもすべてタブーを破ったためだろうか?
 誠は、兄の彼女を抱いたことが頭の中で引っかかっていた。それは、後悔しているしていないという感覚とは次元の違うものだった。
 モラルや理性の問題でもない。あの時の心境を思い出すのは難しかったが、これもまさか記憶の欠落の一部なのだろうか?
 その時の心境を思い出すことが難しいというのは、まったく思い出せないというわけではない。思い出すことはできるのだが、随所に矛盾のようなものがあるのだ。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次