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自我納得の人生

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 と思っていたからなのだが、それでもコンプレックスが邪魔をして、分かっているのに、分からないふりをしていたのだろう。その反面、兄には弟の気持ちがまったく分からないと思うことが結構あったのだ。
 見上げるのと見下ろすのでは、どちらの距離が近いかと考えれば、見上げる方が近くに感じられる。見上げるとその先には、果てしない空が広がっているだけだが、見下ろすと、その先に見えるものは、すぐそこまで迫った地面だけだ。
 背景までの距離が遠いと対象物が近くに感じられ、近いと、対象物までは遠くに感じられるというのは、意識の錯覚なのだろうか。誠は見上げる立場、近くに感じられるのは当然だ。
 さらに、見上げるということは、
――頑張って、そこまで届きたい――
 という意志の表れでもあり、逆に見下ろす時は、
――落ちていきたくない――
 という気持ちの表れだ。
 どちらを近くに感じたいかというのも、一目瞭然だと言えないだろうか。
 弟と兄の距離も同じなのかも知れない。
 弟は子供の頃から兄の後ろをついて歩いていた。後ろから追いかける方は、前ばかり見ていればいい。しかし、兄は追いかけられる方である。後ろを見なければいけない。
 吊り橋の時にも感じたことだが、踵を返して後ろ、つまり今まで歩いてきた道を顧みるというのは、前を見ているよりも遠くに感じるものである。そういう意味でも、後ろを見る兄の方が、前を見ている弟よりも遠くに感じられるのは当然と言えるであろう。
 ただ、兄としては、遠くに感じられない瞬間があることに気付いてはいたが、それがどうしてなのか分からなかったが、弟には少しだけイメージできていた。
 それは、兄が踵を返して後ろを振り向いた時、少し歩みが鈍ることだった。しかも、後ろ向きに歩いているのだから、スピードが鈍るのも当然、後ろを気にした瞬間から、距離が少しずつ狭まってくるのを予感できないわけではないだろう。
 そのことを弟は分かっているので、今度は自分がそのままのスピードでいけば、いずれ追い越してしまう。
 弟は兄に追いつきたいという思いは持っているのだが、追い越したいとまでは思わない。なぜなら、追い越してしまえば、今度は自分が追われる身になってしまう。
――兄を追いかける弟というのが当然のシチュエーションで、弟を兄が追いかけてはいけないんだ――
 という思いを抱いているからだ。
 どんなに頑張っても年齢では兄を追い越すことができないのと同じで、本当は近づくことができないのも分かっている。
 兄と弟は、少しずつ離れたり近づいたりして、適度な距離を保っている。いつも同じ距離の平行線では、絶対にうまくいくはずがないと思っている。平行線であれば、それ以上お互いに近づこうという意志がなくなり、距離の感覚がマヒしてしまうかも知れない。そう思うと、兄弟でも、他人になったかのような感覚が芽生え、一度芽生えた感覚は、消えることはないだろう。
 特に重圧を感じている兄にとっては、弟の存在が疎ましく感じられることが多くなってきた。兄の彼女も、兄のそんな気持ちに気付いたのか、その頃に弟の誠に対して興味を持ったのだった。
 誠を誘惑したのは、彼女の方だった。しかし、誠も兄の重圧を感じている気持ちが分かっていて、自分に対して憎悪の気持ちが芽生えてきたのを感じると、彼女が自分に近づいてくるのであれば、拒否はしないだろうと思うようになっていた。
――拒否をするのは、彼女に対しても失礼だ――
 という思いと、
――据え膳食わぬは男の恥――
 という二つの思いから、拒否をすることはなかった。ただ、どちらにしても、言い訳にしかすぎない。兄のものを欲しがる弟というのは、兄弟では当たり前のことのように思われているが、まさにそんな感覚だったに違いない。
 二人きりになると、それまで以上に緊張した。最初の時にできなかったイメージを思い出したり、他の女性のことを、その時になぜか思い出していた。普段であれば、その人のことだけを想って反応する身体が、他の人との比較によって、さらに敏感になっていたのだった。
 妖艶さを身に沁みて感じながら、敏感になっている身体は、まるで夢見心地だった。ただ、相手にされるがままの快感に、初めて気が付いたのだ。それまでは、
――男の僕がリードしなくては――
 と思っていたのだが、相手に身を任せることの快感は、それまでに感じたことのないマヒした感覚が、頭の中では、次に何をされるのかドキドキしているわりには、想像通りの動きに、満足感まで味わっていた。
 彼女に対して、言い訳など失礼だった。身を任せることで、さっきまで感じていた兄の面影が次第に消えていき、自分のためだけに奉仕してくれる彼女を、純粋にいとおしいと思うのだった。完全に、誠は彼女に対して、従順になってしまったのだった。
――兄も彼女に対して従順なのだろうか?
 それは違った。どちらかというと、主導権は兄にあった。彼女は自分で主導権を握りたいタイプなので、本当は誠のように従順な男性を好むのだろうが、どうして自分が兄と付き合うようになったのか、本人にもハッキリと分かっていないようだ。
 彼女には、元々付き合っている人がいて、その人は彼女に従順だった。そんな時、彼女の目の前に現れたのが兄だったのだ。
 兄は、彼女に当時他に男性がいたことを知らない。彼女が悟られないようにしていたからだったのだが、兄も彼女と付き合い始めるなど、最初から考えていたわけではないようだ。
 それなら、どこで付き合い始めようと感じたのかと言われると、正直、兄にも分かっていないようだ。まわりからモテることにプレッシャーすら感じていた兄は、女性と付き合うことを、最初は怖がっていた。実際にモテていたのに、女性と付き合っているという話はしばらくなかったし、気が付けば彼女ができていたというのが、まわりの見方だったのだ。
 したがって、兄が女性を口説くということはない。自分から女性を好きになったこともないだろう。
 相手から好かれて、初めて相手を感じる方なので、相手が兄のことを好きだと思ったとしても、兄の方で、いろいろ考えて付き合うかどうか決めている。
 そんな態度を兄に嫉妬している連中は、
「お高くとまりやがって」
 と思っている人も少なくないだろう。実際に、誠も最初はそう思っていた。だが、兄の苦悩が分かってくると、
――それも仕方ないか――
 と思うようになったが、自分に理解できることではなかった。どうしても、住む世界が違う相手だという思いが強いからである。
 誠はそんな兄を見ながら、
――僕は兄に比べれば、まだ平凡なのかな?
 と思っていた。
 誠がコンプレックスを感じているのは兄に対してだけなのに対し、兄がプレッシャーを感じているのは、まわりにいる人たち、つまり、不特定多数である。それを思うと、不安の大きさは計り知れないのではないかとも思った。
 しかし、相手が一人であろうと、複数であろうと、自分が感じることのできる範囲は決まっている。どんなに深い悩みであっても、飽和状態というのはあるものだ。
――飽和状態になったらどうなるか――
 というのも考えたことがあった。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次