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自我納得の人生

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 とまで思ったくらいだった。
 ただ、終わった後に襲ってきた後悔は、それまで失っていた理性が引き起こさせたものだった。
「後悔するくらいなら、しなければよかったのよ」
 こんな時に女は強いものだ。誠が後悔の念に苛まれているのに気付いたのか、追い打ちを掛けるようにそう言った。
――何て冷たい女なんだ――
 と感じた。
 元々、女というものは、いざとなると開き直るもので、開き直った時の女は、これ以上恐ろしいものはないと思わせるくらいであった。
 誠は、それからしばらく女性が怖くなった。彼女を作ろうとしないのはそのせいでもある。
 精神的にデリケートなところがあるのは、いざとなるとできなかったことがそれを証明している。
 ただ、兄の彼女に対しては、
――女というのは、ここまで変わることができるんだ――
 という印象を与えられた。それが彼女だけに言えることなのか、女性全体に対してのものなのかは、すぐには理解できなかったが、あまりにも彼女の変化の激しさに、却って女性全員に言えることだと感じたのだ。
 それから兄の彼女とは何度か会っているが、必ずその隣には兄がいた。何事もなかったような表情にはあどけなさまで感じる。
――この表情に寂しさを感じたんだ――
 と、抱く前の印象を思い出したが、すぐに、開き直った表情が頭を擡げ、
――この表情と、開き直った表情のどちらが本当の顔なんだ?
 と思った。
 そのどちらもウソではないのだろうが、それだけに、女が怖いという印象をさらに深めたのだ。
 兄に対しては、
――悪いことをした――
 という思いと、
――こんな女と一緒にいれば、不幸になるだろうな――
 という感覚が渦巻いていたが、それを忠告する気にはならなかった。
「どうしてそんなことを言うんだ?」
 とムキになるに違いない。
 それは当然のことである。自分の信念で選んだ相手の苦言を呈されて怒らない人はいないだろう。しかも、その理由を聞かれて答えられるものではないことは一目瞭然でもある。
 誠は、彼女の顔をなるべく見ないようにした。心の目にも蓋をしたと言ってもいいだろう。
 そう思うと、一緒にいるのが辛くなってくる。そんな誠を彼女はどんな目で見ていたのだろう?
――情けない人――
 という目で見ていたのだろうか?
 いや、それよりも、すでに眼中にないのかも知れない。あの時、
「後悔するくらいなら、しなければよかったのよ」
 と言われたあの瞬間から、彼女の目に、誠は映っていないのではないかと思うようになっていた。
 今の誠なら、確かに彼女のいうことが分かる気がする。
――その通りなんだ――
 だが、あの時に言う言葉だったのだろうか? 自分が開き直ったとしても、相手に対して言っていいことと悪いことがあるとすれば、決していいことだとは思わない。言ってしまえば、それ以降の関係はありえなくなるからだ。
 彼女はそれでいいと思ったのだろう。いや、最初からそのつもりだったのかも知れない。
――ただ、その日だけの火遊び――
 そう思いたくないのは、思い出したくないとは言え、目を瞑ると浮かんでくる、最初に浮かべた彼女の寂しそうであどけない表情だ。それでもその次の瞬間思い浮かぶ冷めた表情に、興ざめしてしまうのは、致し方ないことだ。
――もし、それが彼女の計算だったとすれば?
 あどけない表情を残してしまうと、今後も二人の関係は終わらないかも知れない。誠に未練を残してしまうからだ。未練が残らないようにするために、敢えて彼女は冷たくすることで、それ以上の関係を断ち切ろうとしたのだとすれば、納得もいく。
 彼女のことを思い出すと、
――なるほど、確かに彼女はそんな性格なのかも知れない――
 と感じた。
 兄は、今も彼女との付き合いを続けている。付き合い始めて一年以上は経っているので、結構長く続いているのではないだろうか。
 そのうちに結婚話も出てくるのではないかと思っているが、そんな雰囲気は今はないようだ。二人のことというよりも、どうしても彼女の方が気になってしまう。それは残していないと思っている未練が残っている証拠ではないだろうか。
 誠は、最近不安と寂しさが交互に訪れる。
 一緒に訪れることがないのは不思議な感じだった。不安と寂しさは背中合わせのような関係なのかも知れないと感じたが、
――寂しいから不安に感じることはあっても、不安を感じるから寂しさが募ってくることはないような気がする――
 と思っていた。
 不安は、寂しさが募っていく中で、起こってくるものなのだろう。不安というものは、寂しさと違って、漠然とした感覚だということを今さらながらに思うようになっていたのだ。
 自分にとっての寂しさは今は彼女がいないことなのかも知れない。兄の彼女の表情を見て、
――彼女なんていらない――
 という思いを抱いたが、それは本心からではない。どうしても一人でいると寂しいものだ。それを解消してくれるのは、やはり女性しかいないと思っている。
 誠は女性に対して特別の印象を持っていた。異性に興味を持ち始めたのが遅かったということもあるが、最初に異性に興味を持った理由が、
――まわりの彼女がいる人が羨ましい――
 という思いから、
――僕も彼女を作って、まわりから羨ましがられたい――
 そんな視線を浴びてみたいという思いが最初だった。異性を求めるということが欲望や感情から来たものではなく、まわりからの視線を感じたいというものだったことは、他の人は誰も知らないだろう。
 だが、誠のような考えの人も中にはいるだろう。もちろん、誰にも知られたくないと思っているから、そんな素振りを感じさせることはないが、自分が同じ思いであると、まわりにも同じような感情を持っていそうな人がいることに気付いているような気がしてきたのだ。
 誠は、またしても洞窟の前で見かけた女性を思い出していた。
 顔を見ることができなかったその人を、女性だと分かったのは自分でも不思議だが、顔を見ることができなかったのは、相手の顔を想像することができなかったからだという結論で終わってしまうのは、早急な気がした。
――やっぱり知っている人の顔を想像したのかも知れない――
 想像はしたが、それを表現できないため、顔を隠してしまったという考えもあった。表現できないのは、自分の記憶には存在するが、それを思い出したくないという思いが働いていると思うと、相手は兄の彼女だという思いが強くなった。
 ただ、誠の中には、コンプレックスが存在する。そのコンプレックスは兄に対してのものだった。その思いが、見えなかったことに影響しているのではないかと思うのだった。
 洞窟の中で見た女性は、二つの顔を持っていたのかも知れない。
 一つは、兄の彼女の顔、そしてもう一つは誠の中にあるコンプレックスを一番感じさせる顔、
――ひょっとすると、開き直った時の彼女の顔だったのかも知れない――
 とも思った。
 そう考えれば納得できる部分も大きいのだが、それだけではまだ不十分な気がした。今までに誠の知らない顔がそこにはあり、未来を予見しているのではないかという考えもあった。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次