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自我納得の人生

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 しかも、最初に戸惑ってしまうと、後になるほど決めることが難しくなるのも仕方がないことではないだろうか。
 彼はいつもそのことを考えている。そんなことばかり考えていると、結局堂々巡りを繰り返してしまうことは必至であった。
 こんなところでまたしても兄弟の共通点があるなど、二人とも気が付いていない。何しろ、堂々巡りの発想というのは、二人に限ったことではなく、他の人にも言える共通点なのだからである。
 そのことを自覚している人は少ないだろう。もし自覚している人がいるとすれば、その人は、他人の気持ちを自由に操作することができるかも知れない。
 彼は、そのことを知らない中で、過去に行った場所のことを思い出していた。
 それは奇しくも兄弟で同じ場所に行っていたなど、誰が想像もできるというのだろう。その場所が引き寄せたのか? それとも、その場所で出会った相手に引き寄せられたのか、因縁という他ないのではないだろうか。
 その因縁の場所に最初に足を踏み入れたのは、兄の方だった。
 弟はまだ高校生の頃、兄は大学一年生の時、その場所を訪れていた。
 このことは誰も知らないし、本人である兄も、今では思い出さないくらい、本当に衝動的な感情だったのかも知れない。兄は、一度だけ自殺しようと、本気で考えたことがあったのだ。
 理由については、様々だっただろう。自殺まで思いつめるのだから、よほど大きな理由があるか、それともよほどたくさんの理由が点在したかである。
 点在はしていたとしても、微妙にそれらすべてが結びついていないと、よもや自殺など考えたりはしない。兄の場合は、いろいろなことが頭の中で交錯し、自殺を思い立ったに違いない。
 その証拠が、今では自殺をしようなどと思ったことを忘れてしまったことである。
 それでも、気持ちの中の結びつきが大きいと、忘れることはないだろう。たくさんある中の一つが解決したことで、すべての結びつきが一気に解消されることがあるのかも知れない。兄の場合はそれだったに違いない。
 自殺しようと思った時、どうしようかと考えた。
 誰かに対して当てつけのために自殺するわけではない。人知れず死のうと考えたのだ。そうなれば、思いついたのが、自殺の名所として知られるところを調べることだった。
 その時に見つけたのが、誠が社会人になって最初に訪れた断崖絶壁であった。
――ここなら誰にも迷惑掛けることもなく、死ぬことができる――
 そう思った。
 もちろん、未練がないわけではなかった。その時に付き合っている女性もいたからだ。だが、彼女に対しての気持ちの中にも、自殺を思い立った原因がある。それを思うと、計画を躊躇する気にはならなかった。
 だが、兄は死んではいない。その後、何事もなかったかのように帰ってきた。
 同じような生活が送れたわけではないが、少なくとも死を断念したのは確かだ。
――一体何があったのだろう?
 兄も戻ってきてしばらくは、疑問に思っていた。そして、そのことすら忘れてしまっていた。
――忘れてしまったことと、自殺を思いとどまったことに関係があるのかも知れない――
 それは、当たらずとも遠からじであった。
 兄は、それから性格が変わった。そのことを知っている人は少ないかも知れない。元々、社交的なところと社交的でないところの差が激しい兄なので、性格が変わったと思う人と、それに気付かない人がいるだろう。
 ただ、社交的だと思っている人に対しては、少し冷たくなり、冷静だと思っている人に対しては、社交的になっていた。どちらの相手に対しても変わって見えるはずなのに、変わったことを意識させない相手もいるようだ。
 その人は兄のことを普段から意識していないわけではない。意識した上で変わったことに気付かないのだ。その理由は、その人も、兄同様に変わったからであった。
 性格が変わった人は、自分が変わったことすら気付かない。性格の基準を、兄に置いているからだろう。まわりから訝しそうに見られても、そのことに対してはあまり意識しない。そんな人が、性格が変わったとしても、自分では分からないに違いない。
 兄のまわりには、そんな人が多かった。だから、兄も自分の性格が変わったことに気付かない。
 まわりに気付かせないようなオーラがあるのも事実のようで、それは特定の人にしか働かないようだ。
 要するに、
――兄のペースに引き込まれている――
 ということなのだろう。
 誠も、兄のペースに引きずりこまれていた。しかし、途中で我に返り、自分のペースを思い出した。兄が自分のペースを崩しているということはずっと分からなかった。きっと、あのままでは、気付くこともなかったはずだ。それを気付くようになったのは、断崖絶壁を思い浮かべるようになったからだったのだ。
 夏休みに出かける前から、断崖絶壁には、何か考えるものがあった。
――テレビで見たからなのかな?
 と、サスペンスモノの番組を思い浮かべたが、そんなことはない。テレビの映像は、しょせん、視聴者に恐怖心を与えないように考えられているのだから、そこまで深い印象が残るはずもない。実際にその場所にいるわけでもないのに、強風すら感じるほどであったのだ。
 強風は、冷たさよりも、指先の感覚をマヒさせるものだった。実際に耳たぶの感覚もなかったし、何よりも足元を見るのが怖かった。
――もし、底なしだったらどうしよう?
 吊り橋で感じた恐怖を、思い出しただけで再現できてしまう恐ろしさ。以前、どこかで体験したことのあることなのだろうか?
 パインの匂いをまたしてもその時に感じた。パインの匂いは恐怖の匂いだとして印象にあるから、パインの匂いを感じるのか、パインの匂いを感じるから、恐怖をイメージしてしまうのか、それとも、恐怖とパインの匂いとは、切っても切り離せないものなのだろうか?
 兄のペースに引きずり込まれたと感じたのは、大学時代に行った温泉で、兄に似た人が以前に泊まりに来たという話を聞いたからである。
 宿主との話の中で、
「あなたによく似たお人が以前、泊まりに来られたことがあってね」
「どんな人ですか?」
「体型とかは似ていないんだけど、『またもう一度やってくることになるだろうね』ということを言っていたんだけど、あれからなかなか現れなくてね。でも、あなたが、ここの玄関に現れた時に見えた雰囲気がソックリだったんだよ」
 と言っていた。
 宿の玄関は、表がどんなに明るくても、入った瞬間、真っ暗闇だった。特に天気がいい時などは、完全に逆行になっていて、現れた人をパッと見ただけでは、どんな人なのか想像もできないはずである。それなのに、すぐに似ていると分かったというのは、やはり兄弟だからなのだろうか。
「兄よりも弟の方が、兄弟を意識するものだ」
 という話を聞いたことがある。
 上から見下ろすよりも、下から見上げる方が距離も近くに感じるであろうし、追いつけるはずもないのに、
――兄貴に追いつきたい――
 と思うものらしい。
 兄貴に追いつけるはずなどないという冷めた気持ちはあるくせに、追いつきたいという思いを心のどこかに持っているという中途半端な気持ちを感じていた。
「兄が来たと思われたんですか?」
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次