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自我納得の人生

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 足の震えを感じ、少しその場から立ち去ることができなかった。しかし、風の冷たさに慣れてくると、次第に身体を動かすこともできるようになり、一刻も早く、その場から立ち去りたいと思うようになっていた。
 帰り道は、来た時とはまったく正反対で、向こう側にある階段を下りていくことになる。向こう側は、海風を遮断できるようになっていて、ほとんど、風の影響を受けない。その代わり、降り立ったところに洞窟のようなものがあり、暗く陰湿な場所を通らなければいけないというのが、この場所の特徴だった。
 山から下りてきて、洞窟のあたりまでくると、一つの塊を見つけて、思わずたじろいでしまった。
 他の場所であれば、それほどビックリはしないが、今まで恐怖や意外なことの連続だっただけに、神経が敏感になっているのだろう。見た瞬間は、心臓が破裂しそうな驚きだった。
 それでも、奇妙なことには慣れてきているせいなのか、神経がマヒしてしまっているかのように、見えている光景には恐怖は収まってきた気がしていたのに、胸の鼓動は収まる気はしなかった。
 冷静に見えてきている反面、胸の鼓動は、興味本位によるものなのか、それとも恐怖が身体に沁みこんでしまったせいなのか、なかなか取れることはないように思えた。
 今の自分が、不思議な世界に入り込んでいて、自分が不思議な世界の主人公であり、見えない力に操られているのか、それとも、自分の覚醒した能力が力を操作しているのか、冷静になれるのは、そこが原因なのだと思っていた。
 目の前に見える不気味な塊は、微妙に動いているようだった。
「誰だ?」
 懐中電灯を持っているわけではないので、光を照らすわけにはいかない。向こう側の出口から見えている光が逆光になって、目の前にいるのが人間だといういうことは分かったが、男性なのか女性なのか、若いのか年を取っているのか、判断ができなかった。黒い塊に見えたのは、ジャンパーを羽織っているからで、ゆっくりと動いているその姿は蠢ているようにしか見えず、向こうを向いていたのを、こちらに向け変えているのが分かってきた。
 小刻みに震えているのは、寒いからだろうか?
 最初、ここまで降りてきた時は、さっきまでの猛烈な風を受けていたことで、寒いなどという感覚はなかった。しかし、歩みを止めてみると、冷たさが、足元から忍び寄ってくるのを感じると、身体が震えてくるのが分かってきた。
――あの人は、ずっとここにいたんだろうか?
 この場所にいると、時間がどれほど経ったのか、時間の感覚がマヒしてくるようだった。上の断崖絶壁では、あっという間に降りてきたような気がしていたが、ついさっきのことなのに、だいぶあれから時間が経っているように思えてならない。
 降りてくるまでにも、さほど時間が掛かったような気がしなかった。ただ、最初に老人と出会ってから、何か時間の感覚がマヒしてしまいそうな感覚に陥るような予感があった。それは今から感じるからなのかも知れないが、最初のインスピレーションが大切だと、あの時にも感じた気がしていた。
 吊り橋で、肝を冷やした以外では、少々のことでは、それほど恐怖に感じたり、気持ち悪く感じることもない。
――あの吊り橋には、恐怖や不安という感覚をマヒさせる効果があったのだろうか?
 あそこで引き返していれば、何も感じることもない。引き返さなかったことを、その時になって初めて、
――よかったのかも知れないな――
 と感じたのだ。
 蠢いている人を覗きこもうとしている自分を感じた時、自分の目が自分から離れて、相手を覗いこんでいる自分を見つめている目になっていた。まるで夢を見ているかのようだったが、目が暗闇に慣れてきて、蠢いている人の姿が少しずつ分かってくると、
――女の人だ――
 と、いうことが分かったのだ。
 男と女しかこの世にいないのだから、確率は五分五分だったはずだ。しかし、その人が女性であるというのに気が付いた瞬間、意外だった自分に気が付いたが、次の瞬間、その人が女性であることに最初から分かっていたように思えてならなかった。
「あなたは、一体ここで何をしているんですか?」
 震えて、丸まっている女性に向かって、声を投げた。洞窟なので、声は響く。それでも思ったよりも大きな反響を感じなかったのは、それだけ、声が自分で感じているほど出ていなかったのかも知れない。
 相手の女性は、声を振り絞るように、
「こんなところに人が来るなんて、これって奇跡なのかしら?」
 その返答は、誠がした質問に対してのものではなかった。まるで独り言を呟ているだけのようなのだが、何を言っているのか、意味は分からなかった。
「そんなに、ここには人が来ないんですか?」
 こちらの聞きたいこともあったが、とりあえず、彼女に合わせて話をしてみることにした。
「ええ、本当に久しぶりです」
 それを聞いた時、不気味な気がして、背筋に悪寒が走った。そして、それを確かめなければいけないと思い、
「あなたは、まるでここにずっといるみたいな言い方ですね」
「ええ、私はここにずっといます」
 と言って、彼女は少し黙りこんだ。そして、どこからともなく、不気味な笑い声が聞こえたが、それが彼女であることはすぐに分かった。ここには二人しかいないからだ。それだけこの場所がまわりに反響する場所なのだろうが、誠は、それ以上、何も言えなくなってしまった。
 その時の彼女の顔が最初に見た老人の形相を思い浮かべさせるものであった。女性と男性の違いがあるのは歴然のはずなのに、
――まるで同じ人にしか思えないのは、僕がおかしいからなのかな?
 と思ってしまった。
 だが、おかしいからだと思ってしまうのは楽である。
――夢なら、早く覚めてくれ――
 という心境なのだが、とりあえず、この環境に身を任せてみるしかないと思うのだけで、後は何も考えられなかった。
 彼女は、その場から動こうとしない。
「僕はここから、どうやって帰ったらいいんですか?」
 と、聞いてみた。
「あなたは、私の前を通り抜けるしか、ここからは出られませんよ」
「えっ? あなたの身体をすり抜けるという意味ですか?」
「ええ、そうです」
 まわりを見ると、確かに水があったりして障害物はあるが、彼女を通り抜けなければ抜けられないことはなさそうだ。
――こんな場所は、さっさと立ち去りたい――
 と思って、彼女の横を通り過ぎようとする。
 しかし、通り過ぎたはずなのに、彼女はまた自分の目の前に鎮座している。
――そんな……。一瞬にして、僕よりも瞬時に動いたということなのか?
 しかし、彼女の後ろに見える光が近くになったような気はしない。明らかに遠くにしか見えてこない。
 彼女が急いで動いたというのは、不気味で恐ろしいのだが、動いたというのであれば、まだ納得できる。
 自分が動いたはずなのに、先に行っていないという方が、よほど気持ちが悪い。それを思うと、本当に彼女のいう通り、ここからは彼女を超えないと、出られないのだということを認識した。
 彼女を乗り越えようとしたその時、誠は自分の身体が宙に浮いた気がした。
作品名:自我納得の人生 作家名:森本晃次