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短編集25(過去作品)

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 そういう意味では私は実際の私でよかったのだ。自分にこれからどんな運命が待ち受けているか知りながら、どうすることもできずに、臍を噛んでいるしかない存在だけの自分ではいたくないのだ。
 まあ、もっとも、カウントダウンの本を気にし始めてから、私はもう一人の自分をハッキリと意識し始めたのであって、それまでの私はおぼろげな気持ち悪さを感じていただけだった。デジャブーや、たった今まで考えていたことをふいに忘れてしまったりすることを不思議に思いこそすれ、深く感じたことなどなかった。
 時間を飛び越えてやってきたもう一人の自分の存在に気づいているのは私だけなのだろうか?
 こんな話を他の人と話したこともなく、話題にするには、少し重たすぎる。中には、もう一人の自分の存在を、まるで当たり前のように感じていて、話題にすることすらナンセンスだとまで感じている人がいても不思議ではないように思う。
 大学時代に所属していたミステリー同好会にいた話し好きの人でも、「もう一人の自分」について話題にしたことはなかった。デジャブ―の話や、異次元の話など好んでしていたが、その中に「もう一人の自分」という話題はなかったように思う。
――いや、あったかも知れないが、私が忘れているだけではないか――
 と感じた。
 この話はタブーというのが暗黙の了解で、それを破って話をしたとしても、その内容をすぐに頭から消去させてしまう不思議な力が働いているのではなかろうか。
 そんな時に妙な胸騒ぎを感じていたようだ。カウントダウンの話を読んでいて感じる不思議な胸騒ぎ、どこかで感じたことのあるような、そんな胸騒ぎ……。それこそが、記憶を消去してしまう時に感じる「副作用」のようなものなのかも知れない。
――副作用――
 まさしくその言葉が適切であろう。自分の予期している作用ではない。まったく知らないところで起きている作用であるにもかかわらず、私にとって、実にうまく作用しているからである。
――まるで羊水に浸かっているようだ――
 と感じたこともある。母親のお腹の中の記憶などあるはずもないのだが、なぜ羊水だと感じるのかは、浸かっているという感覚が限りなくないからである。それはすべてが、赤ん坊が発育するために作られた世界であり、熱さ冷たさなどをまったく感じないような人肌に絶えず温度が保たれているからなのだ。
 きっとその頃からの私も、もう一人の自分は知っているに違いない。それだけ感じていることが自然であると、存在に気付かないのも当然であろう。

 あれから数ヶ月が経ち、いよいよ塔子との結婚が迫ってきた。 
よく見る夢は、やはりカウントダウンの夢が多い。それも塔子との結婚を控えた私だけに、夢に塔子が出てくるのも当然というものだ。
 結婚式の夢だったり、新婚旅行の夢だったり、結婚生活の夢だったりと、内容はさまざまだが、そこではハッキリと塔子と分かるわけではなかった。
 今日も横にいて、私を腕にしがみつきながら見上げている笑顔、それが私の知っている塔子の笑顔だった。
「数馬……」
 現実ではあまりないことだが、夢の中ではいつもそう言って私の顔を見上げる塔子……。
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもないの」
 そう言ってはにかんでみせる笑顔は、一度見てみたいと思っている顔なのだろう。
――きっと実際にはもっと素敵な顔に違いない――
 と信じて疑わない。
 そんな夢を見ながらカウントダウンが頭の中から離れない。
――今日は一体どこに書いてあるのだろう――
 いつもワクワクしながら待ち望んでいる。
――もしかして見つけられなかったらどうしよう――
 という不安が頭をよぎる。ある時は電柱に大きく書いてあったり、街の掲示板に書いてあったり、駅での伝言板に書いてあったり、電車の中吊りに書いてあったり、といささか夢でなければ考えられないところに書いてあったりするものだ。いや、夢の中だから見つけることができるのだろう。他の人が気付くはずはないという自負のようなものもある。いや、絶対に気付くはずはないのだ。これは私の夢だから、私には絶対に分かるように示してくれている。カウントダウンの数字を見ることで、私もこれが夢なんだと気付くといっても過言ではない。実際そうなのだから……。
 カウントダウンの数字は必ず夢の頭に出てくる。頭の中だからこそ、夢の展開も想像がつくのだ。カウントダウンの数字を見てから、夢に入っていく中でワクワクと楽しみにしている自分に気付く。
 デートしている私の顔を見ている。塔子に見上げられて楽しそうに微笑んでいる私はとても嬉しそうだ。
――私にあんな顔ができるなんて――
 今まで見たこともないような笑顔、自分だから感じるのかも知れないが、少し信じられない気もする。それどころか、本当に自分の顔なのか信じられないほどの笑顔である。
 日に日にその笑顔が、
――自分のものではないのではないか――
 という疑問が大きくなってくる。カウントダウンを感じている自分に胸騒ぎのようなものを感じているようなのだが、それでも最後に、
「あなたといると安心できるの」
 と言って微笑んでくれる塔子の笑顔に支えられるようにして目が覚めるのだ。
 パジャマが汗を吸い込んで気持ち悪い。脱いで体を拭くが、パジャマの重たさで、汗の量がどれだけのものだったか、分かるというものだ。今までであればこれだけ大量の汗を掻くのは怖い夢を見た時だけだった。見ている夢は明らかに楽しい夢、それなのに、これだけの汗とはどういうことなのだろう。ふと胸騒ぎのようなものが私を襲う。
 自分で気付いていて、気付かないフリをしてみたい時というのもあるのだということを今さらながらに思い知ったように思う。それはもう一人の自分というものの存在である。
 私は夢から覚める瞬間というのを感じることができる。怖い夢でも、楽しい夢でも、
――いよいよクライマックスだ――
 と感じることで目が覚めるのだ。きっと、その理屈は私以外の人でも分かっているだろう。友達と夢の話をしていて皆が、
「そうそう、君もかい? 僕もなんだよ」
 と身を乗り出さんばかりの共感に、大袈裟すぎるリアクションが印象的だ。
 だが、その後に必ず、
「でも、夢から覚める瞬間を実際に感じたことなんてないんだよね」
 という意見で、この話は終わってしまうのだった。確かにその意見には私も共感できるし、無意識なのだが身を乗り出すほどの大袈裟なリアクションになることがあるようだ。
「あなたと一緒にいると安心できるの」
 という言葉、これが私にとっての夢から覚めるキーワードのように思えて仕方がない。
 確か記憶にある最後のカウントダウンは「3」という数字だった。それがいつだったのか覚えていないが、あれからしばらくカウントダウンの夢を見ていないかも知れない。
 もちろん毎日夢を見るわけではないので、カウントダウンの夢を見ていないとしても不思議はない。だが、「3」という数字を見た後、本当にしばらく見ていない気がしているのはただの気のせいなのだろうか。
 カウントダウンの夢を見ていて感じるのは、
――夢から覚める瞬間が分からない――
 ということだった。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次