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短編集25(過去作品)

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 ネットで知り合った女性は数知れず、相手をよく知らなくても話ができるということで、手軽であり、簡単な人間関係を望む人間がこれほど多いのかということを思い知らされたように思う。なるべく浅い付き合いにしようと思っていても、気がつけば一緒にいるよりも激しい気持ちに陥っているのではないかという錯覚を感じることもある。それだけ出会いというものが神秘的で、今までに考えられなかったものなのだ。
 文字だけだと恥ずかしくて言葉にできないような赤裸々な言葉も口にできる。それだけに相手の気持ちを盛り上がらせたり、自分が盛り上がったりできるのだ。しかし悪いことに相手の顔も声も分からない。リアクションがないので、どこまで信じていいのか分からない。
――所詮、バーチャルじゃないか――
 という思いがあるからこそ、言えることもあるのだ。
 理緒というハンドルネームの女性と知り合った。彼女はあまり自分のことを話そうとするタイプではない。あくまでも貝塚のことを聞きたいという。今までであれば、そんな都合のいいことはお断りという考えだった貝塚だが、ネットでは気持ちは反対だった。ベールに包まれているようで、顔が見えないだけに神秘的な女性を想像する。もちろん、ネットで他にも知り合った女性と毎日のように会話しているが、理緒という女性だけは、その中でも特別に気になるのだ。
 普段、ネットであっても理緒以外の女性相手では、あまり自分のことを話そうとしない貝塚だった。怖いというのもあるのだが、最初に相手の話を聞くと話しやすくなるからで、相手に話をさせようとする。それだけ気持ちに余裕があるのだろう。
 文字だけだと次第に億劫になってくるのだが、ネットから離れられなくなってしまっていた。
――深く傷つきたくない――
 という防衛本能のようなものがあるからで、それがかつてのトラウマと無関係ではないはずだ。文字だけなら、たとえ感情が入ったとしても、そこから必要以上に傷つくこともないだろう。今までにも恋愛経験の浅かった頃など、
――恋愛で傷つくなどナンセンスだ――
 と考えていたのに、ここまで心の中に何かが残ってしまうとは思わなかった。その何かが分かっていれば対処もできるのだろうが、分からないだけに手の打ちようがない。
 ネットを初めて今まで知らなかった世界が広がったようだ。目の前に見えているのはモニターに写った文字、そこに感情を想像する。感情から相手の顔や声を想像して、相手が自分の好みかどうかを勝手に判断している。そんな自分が楽しくて仕方がない。少々億劫でもやめられないのだ。
 貝塚は女性を好きになる時、まず相手の顔を見てから性格を判断する。少し大人しめで、いつも恥ずかしそうにはにかんでいるような女性に対して、いつも反応している。
 ネットではその顔が見えないのである。想像力は膨れ上がり、今までに考えたこともなかったようなことが次々に浮かんでくる。
――きっと相手も同じなのだろう――
 と思うとドキドキしてくるのである。
 いずれ、仲良くなって遭いたいと思うようになれば、すでに想像力はかなり発揮されている。しかしなかなかそこまで行かないのも実情で、その日限りで話が終わってしまうことも少なくない。それもネットの醍醐味といってしまえばそれまでなのだが、何度も遭いたいと思わないのは相手も同じである。
 こちらが考えていることは、相手にもお見通しということが多く。
「あなたって分かりやすい性格だわ」
「そうですか? あまり自覚ないんですけど」
「あなたは優しいところがあるから、きっと分かりやすいんだと思うわ」
 というのは、理緒との話の中で出てきた会話である。確かに奈々と知り合った時も、麗華と知り合ってからも、同じように言われていた。第一印象は、いつも「優しい人ね」である。嬉しい言葉だった。女性から優しいといわれると、ついつい相手より優位に立ったような気分になって男冥利に尽きるというものである。しかし反面、自分にあまり頼りがいがないということは自覚もしていた。それだけに、女性から少しでもきつい言葉を言われたりすると、萎縮してしまうのだった。
 また、貝塚は白々しい言葉も嫌だった。自然に出てくる言葉であればいいのだが、そうでもなければ、きっとぎこちなくなってしまうはずである。それも相手にとって分かりやすい性格の一つなのであろう。
 貝塚は母親の会話の白々しさが嫌だった。いわゆる「奥様同士の井戸端会議」など、聞いているだけで虫唾が走る。例えば誰かがどこかに旅行か何かに行って、そのお土産を届けにくることもあった。それが普通の近所付き合いだと思っていたので、そこまではいいのであるが、
「これはつまらないものですが、旅行のお土産です」
 と届けにきた近所の奥さんが言えば、
「あらまあ、そんなに気を遣わなくとも、そんなことしていただかなくともいいのに、気を遣わせてしまって……」
 いかにも嬉しそうな顔でそう答える。本当は嬉しいくせに口を濁したような言い方が、子供心にイライラさせられたことが何度あったことだろう。しかも奥さんが帰った後で、
「あら、本当につまらないものだわ」
 などと中身を見て急にテンションが下がってしまう。まるで、自分がその程度の人間だということを公表しているかのようで、見ていて情けない。
 ネットをしていて知り合った人の中には相手の顔が見えないことをいいことに、そんな感じの人もいるだろう。しかし、それでもネットなのだ。実際に知っている人にされることを思えば、それほど根に持つまでもない。
 今までにネットで知り合った女性は、私に自分のことをいわせようとしたり、自分のことをペラペラしゃべる人が多かった。きっと現実の世界ではあまり友達もいない人が多いのだろう。かくいう貝塚もそれほど多いほうではない。実際にいつも孤独だと思っている。新宮にしても、気心知れた相手だとは思っていないし、麗華くらいであろうか、本当のH自分を知っていると思っているのは……。
 ある程度気心が知れていないと、友達だとは思っていない。相手もきっとそうだと思うからで、いつ裏切られるかも知れないという猜疑心がいつも頭の中にあるのだ。
――なんて哀しいんだ――
 と思わないでもない。
 しかし、理緒という女性は自分から何も自分のことを言おうとしないし、貝塚のことも聞いてくるようなことはない。興味がないわけではないと思うのだが、そんなベールに包まれたようなところが神秘的で、
――きっとこんな女性との出会いを待っていたのだろう――
 と思うようになってきた。
「会えないかい?」
 この文字を打ってしばらく、返事が返ってこなかった。電話では何度か話したことはあるが、実際に会おうというところまではなかなか踏み切れないでいた。まだそれほど気心が知れた相手だとは思っていなかったからだ。
 だが、こういうことは気持ちの勢いも大切ではないだろうか。一旦会いたいと感じてしまうと、勝手な想像力は増す一方である。それこそ寝ても覚めても理緒のことばかりが頭から離れない。
 ここからは電話で話すことになった。
「少し怖いわ。あなたがどんな人か、まだよく分からないし」
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次