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短編集25(過去作品)

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 まず何が違うといって、彼が友達の彼氏だったということだ。今までは飲み会などで知り合ったり、相手からモーションを掛けられて親しくなっていたのだ。自信過剰になるのも無理のないことで、誰かと付き合いはじめると、必ずナンパされたりするのだ。誰かと付き合っているだけでフェロモンが溢れているのかも知れない。
 そんな時に奈々子は羨ましそうな顔をする。
「あなたって憎らしいくらいに羨ましいわ」
 と言っているが、目は軽蔑のまなざしに見える。女性が女性に送るまなざしというものは敏感に分かるものである。隠そうとすればするほど露骨で、それが女性を嫌になる瞬間なのだろうか?
 今までに智美も他の女性を嫌になったことがあった。同じ仕事をしている人で、お世辞にも男性にモテる雰囲気ではない。年齢もあまり変わらなかったが、見るからにオールドミス、十歳は上に見えた。
 年齢的なものというよりも考え方がオバサン臭かった。聞かれてもいないのに人の噂に飛びついて、時には話を引っかきまわしてその場を離れていくことすらあった。
「一体何様のつもりなのかしらね」
 と陰口を叩かれているのを知っていたのだろうか?
 そんな彼女も退職の時は惨めなものだった。普通であれば、いくら好きでない人であっても、それなりに声を掛けられたりするものだが、皆一様に冷たい視線を浴びせるだけで、それに対して睨み返すだけの余裕も感じられない。
 智美などは、
――ここまで惨めな人に冷たい視線を浴びせるまでもない――
 というほどの憔悴しきった表情に哀れさを感じるだけだった。
――明日は我が身――
 それまではまったく考えたこともなかったのに、その惨めな表情を見た瞬間、感じていた。瀕死の人に追い撃ちを掛けるようなもので、そんな自分が情けなくなりそうだ。
 だが、その人以外で、女性を嫌だと思ったことはない。どうでもいいという考えに近かったのかも知れない。時々奈々子がアルコールが入ると記憶を失くすが、羨ましいと思うことが何度もあった。記憶を失くして気を失っている時、そんな夢を見ているのだろう。それまでの記憶が失われるくらい泥酔しているので覚えていないのも無理はないが、夢を見ていることには違いないように思う。
 女性を今まで好きになれなかった一番の理由は、芝居っ気が強いところだ。思い過ごしかも知れないが、悲しい時や嬉しい時などに大袈裟なリアクションを取っているのを見ると、目が怪しく光っているように思えてならない。大袈裟であればあるほど、わざとらしさが抜けない。特に男に対してそうであって、甘えたがりな性格が出ているだけだ。
 男も男である。そんな表情にコロッと騙されて、相手が見えないところで舌を出して、
「シメシメ」
 とほくそえんでいるのを知らない。女にとっての最大の武器ではないだろうか? それをいつまでも信じている男がいなくならない限り、イタチごっこの繰り返しである。
「男ってバカよね」
 女にいつまでそんなことを言わせておくつもりだろう。そんなことを言わせない男の出現をいつも待ちわびているのが女というものだ。
 中学時代のクラスメートに、とても綺麗な女性がいた。女性から見ても魅力的で、部分的にどこがいいというわけではなく、雰囲気的に目を逸らすことのできないようなタイプである。
 彼女に妖艶などという言葉はまるっきり当て嵌まらない。可憐という言葉が一番ふさわしく、淫靡な想像など無縁であった。
 肌が透き通るように白く、口紅を塗っているわけでもないのに赤くなっている唇が印象的だ。それでいて妖艶な雰囲気など程遠い。一体彼女のどこがそんな雰囲気を醸し出すというのだろう?
 白いワンピースがよく似合う彼女の家は大きな屋敷で、学校の行き帰りはお抱え運転手がついていた。それこそ、
「何様のつもりなのかしら」
 と言われても仕方がないのだろうが、口にする人はいなかった。彼女との間には何か壁のようなものがあり、何者も近づけないのだ。いつも学校では長い髪を後ろで結んでいるのだが、車の中で解くようだ。屋敷に入って真っ黒いお迎えの車から降りる時にサラサラと風に靡く長い髪に纏わりついてみたい衝動に駆られたこともあった。
 彼女の悪い噂は不思議と聞かれなかった。雰囲気がそうさせるのか、智美にとっても、とても悪口の対象になる女性ではなかった。
 しばらくすると、彼女は学校に出てこなくなった。そのことになぜか最初の数日気付かなかった。同じ教室にいる時は結構気になる存在なのに、いないことに気付かないなんて、後にも先にも彼女だけだった。悪口をいう人は誰もいなく、噂をする人もいない。いれば気になるが、いなければいないで別に気付かない。
――まるで夢の中だけに出てくる人のようだ――
 だが果たしてそうだろうか? 考えようによっては、自分が彼女の夢の中に存在しているだけかも知れない。彼女の意思によって皆の考えも決まる。信じられないが発想だけは浮かんでくる。だから現実の世界で彼女の存在がなくとも気にならない。夢を見さされているという不思議な感覚だ。
 現実の世界で妖艶に感じないのはそのせいだろう。普段は綺麗なところしか見えないが、気にしなければ石ころも同じ、本当に彼女は存在したのだろうか?
 彼女が学校に来なくなってしばらくして彼女の座っていた机の上に花が手向けられた。何も言わなくともそれが何を意味しているか分かっている。だが誰も何も言わない。言葉にするのがタブーというわけでもないのだ。話題にしないようにすればするほど気になってしまいぎこちないものだが、机の上に一輪の花が咲いているだけで、それ以外の何ものでもない。
 花はいつまでも枯れることはなかった。誰かが知らない間にまったく同じ花を定期的に変えていたのだろうが、まったく同じ花が永遠にそこにあるような気がして仕方がない。次第に花を意識する人が出てきた。いつまでも枯れずにずっと咲いている花が嫌でも気になるのだろう。
 するとどうだろう。それを分かっているかのように、花がみるみる枯れ始めた。
「どうしたんだろう? あれだけ綺麗だったのに」
 意識しない間は永遠に可憐なままで、まるで彼女のようだ。
「彼女の魂が乗り移ったのかしら?」
 一人が口にすると、皆下を向いて考え込んでしまった。その言葉はその場にいた人の気持ちを完全に捉えていた。きっと素直な気持ちだったのだろう。人から気にされると普通であれば綺麗になったりするものだが、彼女の場合、視線に耐えられなかったのかも知れない。元々、不治の病を持っていることで精神的にもかなり健常者とは違ったはずだ。その気持ちは想像できないが、花が語りかけているようで、花を見ていて皆彼女を思い出していたに違いない。
 花はしばらくして萎れてしまったが、机はそのまま残された。当然誰も座ることのない席、今はどうなっているのだろう?
 智美はそのことをずっと覚えていたはずだ。しかし、いつのまにか忘れてしまっていた。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次