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短編集24(過去作品)

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 夢というものは潜在意識が見せるものだと思っていた。確かにそうであろう。実際に同じようなことを夢に見るというのは、潜在意識の成せる業といっても過言ではないであろうし、夢で見ることは、自分の想像の域を越えないだろう。いくら夢といっても、空を飛ぶことができないはずだ。
 たとえば空を飛ぶという夢を見ていたとしよう。なぜかその時、自分が夢を見ているということに気付く。
――夢なので、何でもありだ。空だって飛べるはずだ――
 と思うのだが、実際に飛ぼうとしてみると、宙に浮いているだけなのだ。宙に浮くことまではなぜかできるのだが、潜在意識の中で、ひょっとしてそこまではできることがあるのではないかという気持ちがあるのだろう。人間は自分の能力の十パーセントくらいしか実際に使っていないらしいと聞く。それだけに宙を浮くことくらいはできるのではないかと思っても不思議のないことである。
 したがって夢というのは自分の潜在意識の範囲内で、意識の中に残っていることを映像として映し出すものだと思っていた。
 ある日。会社で営業範囲の変更があった。
 今まで田舎が多かったのだが、少し都会も持たされるようになったのである。都会の会社というと他社との競合の兼ね合いで難しいところがあるため、今まではベテランセールスマンに任されていた。しかし、私の今までの実績が評価されたのか、大抜擢である。
 さすがに最初は嬉しかった。
――会社はそこまで私を信頼してくれていたんだ――
 これは営業マンとしては感無量の喜びであろう。思わずケーキとシャンパンを買っていって、家で美和と喜びを分かちあったものだ。
「あなた、おめでとう。よかったわね」
「ありがとう。これからもがんばるよ」
 そう言って、妻は私をねぎらってくれた。
 その日私は気持ちよく床に就くことができたのだが、起きて気が付けば、汗でぐっしょりとパジャマが濡れているではないか。
――また何か恐い夢でも見たのだろうか――
 その時は完全に、見た夢の内容は忘れていた。見たことには間違いないと思うのだが、それがどんな夢だったかということの見当が付かない。いつもだったら、覚めていくのに反比例しながら、薄れ行く夢の記憶というのを感じるのに、その日に限っては。その気配すらなかった。なぜなら、目が覚める段階がなかったからである。
 いきなり目がパッチリと開いたのだろう。まるで飛び起きたような感覚で、胸に鼓動の激しさを感じていた。
 いや、いきなり目が開いたような感覚を覚えたが、それは間違いなのかも知れない。その証拠にぐっしょりと掻いている汗はすでに冷たくなっていて、半分体温が吸収したのか、思ったよりへばりついてくるパジャマが気持ち悪い。
 へばりつくパジャマが重たくて、身動きもままならない。もし金縛りに遭う時があるとすれば、こんな時なのだろう。時々寝ていて足がつることがあるが、夢の中であってもそれを感じることができる。きっと金縛りに遭うことがあるとすれば、同じように夢を見ていたとしても、予感のようなものがあるに違いない。
 しかし、目が覚めてしまうと、そんな感覚はどこかへ失せてしまった。喉の渇きだけがやたらとあり、胃が痛いかも知れないと感じていたので、家で朝食を食べる気にはならなかった。
「今日は、朝飯、いいや」
「作ったんだけど、せっかく……」
 そう言って少し寂しそうな顔をする美和だった。
 リビングにタマゴの焼ける香ばしい香りが漂っている。きっと私の好きなベーコンエッグだろう。タマゴの焼ける匂いは好きなだけにすぐ分かる。特にリビングには朝日が差し込んでくるので、匂いが充満しているような気がするのだ。それもハムエッグのような香ばしさは、私の食欲をそそるものなのだが、その日はそうもいかなかった。
 私の顔を見て、少し疲れているのが分かるのか、美和はそれ以上何も言おうとしなかった。
「少し胃が痛いのかも知れない」
 その言葉に何度も頷く美和。きっと私の体調の悪さを知っていたのだろう。奥から胃薬を出してくれて、
「はい、これ」
 お冷を片手に、テーブルの上に置いてくれた。いつもながらに気が利く女房である。
 いつも私よりも一時間以上早く起きて、食事の支度をしてくれる美和だった。日課とはいえ、頭が下がる。いつものように真っ赤なエプロンが朝日に当たって、眩しさで目がチカチカしそうだが、それが却って彼女の朗らかさを浮き立たせるようで、私には嬉しい。普段から清楚な雰囲気の美和も、朝のこの時間だけは、艶やかに浮かび上がっている。
 その日の美和は格別綺麗に感じた。いつもとは艶やかさが違うように感じたのは、さらに赤を強めに感じたからだろうか? 赤という色は昔から好きな色で、それを知っている美和が自分から赤のエプロンを買ってきたのだ。私にはとても嬉しいことで、私の嬉しい顔を見たかったであろう美和も、きっと心の中でほくそえんでいることだろう。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
 いつものように送り出してくれた時には薬が効いてきたのか、胃の痛みは消えていた。薬の効き目というよりも、それだけ身体が目覚めてきた証拠なのかも知れない。
 会社に着いた頃には、さすがにお腹が減っていた。それまで朝食を抜くということは、学生時代までさかのぼらないと記憶にない。
 その日の営業活動は、最近行き始めた都会の駅から始まる。そういえば駅の前に喫茶店があったのを思い出した。そこは二階に上がっていくところで、一度行ってみたいと思っていたところだった。
――以前に、時々夢で見たような喫茶店だな――
 そう思いながら見上げていたが、イメージとしては店から下を見下ろす光景しか覚えていない。本当に夢に出てきたような喫茶店かどうかは、実際に行ってみないと分からないだろう。
 その日は出社してからそのことが頭から離れず、ずっと気になっていた。その気持ちを解消しない限り、きっと仕事にも集中できないような気がしてならない。いつもより少し早めに用意して会社を出た。電車に乗るとまだ朝日が差し込んでくるようで、左側のブラインドはすべて下ろされていたのだ。
 私は右側の席に座り、ぼんやりと表を眺めていた。遠くに山が見えるのだが、森林で青々とした山肌に当たる朝日が影を作っていて、立体感溢れる光景を写し出している。今までにも何度も見たことのある光景だと分かっているのに、まるで初めて見たような新鮮さを感じるのは、それだけお腹が減っていたせいもあるかも知れない。
 お腹が鳴るのを感じていた。学生時代など、朝食を抜いてもそれほど違和感がなかったが、今はきっと耐えられるものではない。身体は実に正直に、欲というものを私に思い知らせてくれる。
 駅に到着し、待望の喫茶店を見上げていた。逃げるわけではないのに、電車の中で到着を待ちわびていたのは、お腹が減っているだけではないことを、喫茶店を見上げた時の安堵感で感じることができる。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次