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短編集24(過去作品)

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 意識がしっかりしているわりには、きっとまたしばらく忘れているのだろう。記憶とはそんなものかも知れない。自分の中で意識していながら封印してしまう。だからこそ思い出した時にセンセーショナルな印象を受け、以前に見たような記憶としてよみがえってくるのだ。

 私が美和と結婚する気になったのは、もちろんそろそろという思いがあったのも事実だが、一人で寝ているのが寂しくなったというのもある。
――人肌が恋しい――
 彼女として美和がいて、時々ホテルに行って、お互いの愛を確かめ合っていた。それはそれで楽しいことだったのだが、そろそろ落ち着きたいと思うのも事実で、きっとそんな相手を自分が待ち望んでいたに違いない。
「結婚しよう」
 私の言葉に、
「ええ、私でいいの?」
「ああ、君が必要なんだ」
「まあ、嬉しいわ。その言葉を待っていたのよ」
 と、そんな会話だったような気がする。あまり感情の入ってない会話だったようにも思えたが、交際が短かったわりに、最初からお互いが意識していたのか、それとも年の差をそれなりに感じていたのだろう。
 当時、二十歳の美和とすれば、まだ遊びたい年頃だったに違いない。しかし、あまり遊んでいる感じがしない美和を見ていて、結婚してからの新妻になった美和を想像するのは少し困難だった。
 あまり遊んでいないということは、それだけ世間に触れていないということでもあり、今まで知らなかった世界を知ってしまえば、急に私の前からいなくなるのでは? といった危惧がないとも限らない。それが怖かった。
 しかし、そんな心配も無用だった。新妻の美和は実に献身的に私に尽くしてくれ、しかも以前からの仕事を続けたいという美和の意見も分かっていたので、家事をおろそかにしないという条件で続けさせた。その約束を美和は忠実に守ってくれていたのである。それが美和の私への忠誠のようなものだと感じた。
 美和の手料理は私を喜ばせるものが多かった。私の好きなものを熟知してくれていて、それでいて栄養のバランスもしっかり考えてくれている。毎日の献立を考えるだけでも大変なのに、私のことを考えての凝った料理、それには頭が下がった。それだけ美和の私に対する愛を感じてる。
 愛とはなんだろう?
 時々考えることがあるのだが、いい妻である美和を見ているとそこに愛を感じている自分がいる。献身的に尽くしてくれるのが、夫への妻の愛。それは間違いのないことだろう。
 それが私には嬉しかった。
 美和は、とても綺麗好きであった。どちらかというと整理整頓には無頓着な私だったので、痒いところに手が届く美和の気遣いは嬉しかった。さすがに数年一人暮らしをしてくると、整理整頓の基本が分からなくなってくる。散らかっていないと何となく自分で落ち着かないようなそんな性格でもあった。決まったところに決まったものがあるのが基本なのに、なくても何ら不思議ではないのだ。
 そんな整理整頓に無頓着になったのは少年時代からだったのかも知れない。父親が厳格な人で、どちらかというと自分の型に嵌めないと気に食わないタイプだった。母親もそんな父親にただ従っているだけで、
「お父さんに、怒られるわよ」
 というだけだった。本当に自分の意見が入っているのかと言いたいくらいで、母親のそんな態度にも少し疑問を感じていた。
 元々天邪鬼なところのある私である。型に嵌めようとされることを極端に嫌い、それだけに反発も強くなる。
――意地でもいうとおりにするものか――
 子供心にそう感じていた。本当はいけないことだと分かっていながら、私にそんな思いをさせる父親が悪いんだと自分に言い聞かせてきた。自分の短所だと思っているが、長所でもある。
 厳格な父親に逆らってばかりいた。それが自分を自立させる一番の近道であることを最初は分からなかったが、中学くらいになると、自分の性格が形成されていく中で、父親の悪い面といい面を知らず知らずに見切っていて、いい部分を吸収しながら、悪い部分を排除するやり方が分かってきたのだ。そのおかげで父親とはまったく正反対の性格が形成されていった。
 しかしさすがに大人になるにしたがって、自分本位な考えもあったことを感じるようになった。ある意味性格が極端になったのである。
――悪い事を許せない性格――
 になったのはいいのだが、融通のきかない性格に結びついてくるから厄介だ。電車の中での携帯電話の使用、くわえタバコに、禁煙場所での喫煙、これらマナーを守れない人間が許せない性格になってしまった。
 だからといってすぐに注意できるわけでもなく、一人でストレスを溜めていることも多い。きっと損な性格なのだろう。
 そういう私の性格をよく美和は知っている。
「あなたの性格はすぐに分かるわ」
「そんなに分かりやすいかい?」
「ええ、すぐに顔に出るもの」
 こんな会話を幾度となくしたような気がする。
 言われてみればそうかも知れない。人に自分の性格を隠すのは嫌いな方で、とにかく相手に自分を分かってもらおうと心掛ける方だ。相手の性格を分かりたい、そして自分を分かってもらいたいと考えると、先にまず自分の性格を分かってもらいたいと考えるのだ。
 なぜなら相手のことを分かって、相手の身になって話をしようとしても、相手が私のことを分かっていなければ、軽く思われるような気がするからである。言葉が軽く見られると、いくら一生懸命に考えて話したとしても、それは伝わらないものである。それが私には怖いのだ。
「あなたって本当に分かりやすい」
 この言葉は美和と付き合う前からよく言われていた。私はそれをいいことだと思ってきた。厳格な父親も、それに従順な母親も、どちらも自分の性格をあまり表に出そうとする方ではない。それだけに私への説教も説得力に欠けると思ってきたのだが、それはそれで間違いではないだろう。性格が暗く感じられるのだ。
――内に籠もる性格――
 まさしく両親はそうだった。
 しかし分かりやすい性格というのは、自分が形成されていなければなかなか受け入れられないものである。どうしても分かってほしいと思い、自分を出そうとすると饒舌になりがちだからである。
「軽い性格なのね」
 と相手に思われていることにずっと気付かないでいたのは、父親の言葉に軽さを感じていた私だから分からなかったのだろう。何とも皮肉な感じがする。普通であれば内に籠もって自分をオブラートで隠している人は、相手の技量が分からないため、少し大きめで見てしまってあまり軽く感じることはないだろう。そうしないと誤った判断を相手にしてしまわないとも限らないからだ。
――まるでハンドルの遊びの部分がないみたいだ――
 気持ちに余裕が見えないと、どうしても相手を大きく見てしまう。その後に相手の本当の性格が分かってからのギャップで、結局は軽く見てしまうであろう。
「お前は昔から計算高かったからな」
 友達に言われたことがあった。
 そういえばいつも頭の中で何かを計算しているような気がする。小学生の頃などは、いつも計算していた。算数が好きだった私は、無意識に考えている時はいつも数字と頭の中で遊んでいた。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次