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短編集24(過去作品)

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 子供心に感じていた。それにしても、自分はポーカーフェイスだと思っていたが、鏡の角度によって自分の知らない自分を見つけられることを初めて知ったように思う。それからも一度家族に内緒で、やはりお祭りの時、ミラーハウスに入ったことがあった。
 その時は、最初に入った時と違い、角度によって表情が違うということもなく、まったく同じ表情だったのだ。最初に正面から見た時の、あの感情のないような無表情さが、すべての角度から窺えた。
――何とも不思議な気持ちだ――
 しかし考えようによっては、今度のが普通なのだ。表情が角度によって違って感じたのは、今まで自分の表情というのを見たことがなく、鏡の部屋に違和感があったための錯覚だったと思えば、考えられないことではない。元々ポーカーフェイスだと思っていた自分の表情がすべての角度で見れた二度目の方が、理屈に合っているというものである。
――一回目は夢だったのではないだろうか――
 後から考えればそんな風にも思う。最初のインパクトよりも、その後に見た夢のインパクトが強く、それが現実としての記憶として入れ替わっていたと考えてどこに不思議があるだろう。
 鏡の部屋を見ると、暗闇を思い出す。
 一歩足を踏み出せば、そこには谷底が待っているかも知れないと感じる暗闇の世界、鏡の世界も、一歩動くだけで、すべての角度の自分が一変してしまう。一歩動くとそれだけで無表情な自分がどんな表情に変わってしまうか、考えれば恐ろしい。その表情のごとくの心境に陥ってしまいそうに感じるからだ。幸せそうな表情ならまだしも、悪魔にでも出会ったかのような怯えた表情をしていると考えただけで、足が竦む。何が怖いといって、自分が分からないことが一番恐ろしい。しかし、逆に自分の心境が手に取るように分かる表情をした時ほど怖いものはない。いつもいろいろなことを考えている私、無意識に表情から、心境を図り知ろうとすることは火を見るより明かだ。
 嘘をつきたくなる心境というのを感じたことがある。すべての角度から自分を見られていると感じた鏡の部屋の存在を知ってから、自分をいろいろな角度で見るくせがついてしまったようだ。
 自分を自分で追い詰めていくようなおかしな心境、夢の中で嘘をついている。きっと自分に向ってついている嘘なのだろうが、そこには無表情の自分ではない少年をイメージしていた。
――幸一くん――
 幸一くんの無表情な顔を見た時に感じた、
――以前にもどこかで見たような気がする――
 という思い、それは自分の中で作り上げた架空の自分、あまりにも似すぎているのだ。
 そういえばママさんが最初に気持ち悪い表情をしていた。それは私にした表情にも感じる。私は気付かなかったが、幸一くんにした表情はハッキリと分かったのだ。私も初めて見た幸一くんの表情に、気持ち悪さのようなものを感じたが、知っていながら思い出したくないという思いが頭をよぎったからなのだろうか?
「私は嘘をつく人って大嫌いなのよ」
 と言ったママの言葉、明らかに私を意識してのことだった。
 その日の幸一くんは、口を利くことなく帰っていった。
「ねえ、幸一くんというのはどんな人なの?」
 思い切ってママに聞いてみた。しばらく考えていたが、
「そうねえ、裏表のない人かな?」
「いいことじゃない」
 それにはママも少し頭を傾げるようにして、
「う〜ん。確かにいいことなのよね」
 と、考え込んでいるようだ。
「裏表のない人間って不器用だけど、人から嫌われることのない人だって思っているんだけど、違うのかな?」
「あなたの言う通りだわね。私も裏表のない人って嫌いじゃないわ。でも、何か薄っぺらさを感じるのよ。薄っぺらさが怖さに繋がると言ってもいいくらいだわね」
 洗い物をしながら手を休めるでもなく、ママは話している。ママのいうことも分からないではない。私も高校時代に裏表のない友達がいた。一番の親友だったが、彼の言うことのすべてが信じられる気がしていたが、それはきっと裏表のない性格だったからだろう。
 彼の場合、話が飛躍して伝わることがない。下手に修飾して話すと、尾ひれがついて、誰かを傷つけるような罪のない中傷になってしまいがちだ。最初の発言者が意図していないところでの中傷であって、誤解が解けたとしても、傷つけられた者ともどもすべてが、不快な思いに陥ってしまう。
 それがないところが彼の一番いいところだった。皆からの信望も厚く、学級委員も巻かされていた。何しろ彼は逆らうことがなく、
「いや」
 という言葉を決して口にするタイプではなかった。
 厄介なことでも、文句一つ言わずにこなしている。それだけ都合のいいタイプの人間でもあった。人とは悲しいもので、自分から決してやりたくないことをやってくれる人間の存在をいつも待ち望んでいるものだ。
 しかし、よくよく考えれば彼ほど孤独な人間はいなかったように思う。頼めばニコニコと笑顔を見せるが、それが心からの笑顔だとは決して思えない。本当に心からの笑顔であれば、厄介なことを頼む方も、少しは後ろめたい気持ちになるはずだ。後ろめたさを感じたとしても頼みごとはするだろうが、私を初めとして、誰もが後ろめたさを感じていないようで、そんなところが不思議だった。
――彼は自分の顔を鏡で見たことがあるのだろうか――
 そんな思いが頭をよぎる。
 私は自分の顔を鏡で見ていていつも不思議な気持ちになる。
――これが自分の顔なんだ――
 何度も見ているはずなのに、一瞬、初めて見る顔のような気がするのだ。いつも最初に見る表情が違っていて、一度として同じ表情だったことがないように思えている。
――他の人が自分の顔を見る時はどうなのだろう――
 きっと私と同じだと思う。年を取れば取るほど、その傾向はあると思う。次第に白髪が混じり始めたり、髪の毛が薄くなり始めると、表情にも少し違いが出てくるのだろう。それは、経験を積んで年輪のように顔に皺ができてから感じるものであって、そこまで生きてきた中で感じた喜怒哀楽が鏡の中の自分に現れているようだ。
 本人はまったくの無表情だと思っていても、鏡の中の自分は違うのだ。表に表わそうとして作る表情と違い、鏡の中の顔は、その人の潜在意識や、率直な感情を一瞬だけでも表わそうとしているのかも知れない。
 そんな時、私は子供の頃に入ったミラールームを思い出す。
 鏡の中の自分が自分を見つめている。その表情はいくつもあり、どれがその時の心境なのか、分からなくなってしまう。きっと、何も考えていない無表情な自分がどこかにいるのだろうが、いつも探していたような気がする。いつも見つけることができなかったのだが……。
 きっと、ミラールームの中の自分の感覚は麻痺しているだろう。考えている頭が飽和状態になっているに違いない。
――どこかにいるはずの鏡に写った無表情な自分――
 それがその時の自分の表情そのものだと思うのだ。
 幸一くんのことを尋ねて、
「裏表のない人」
 という答えが返ってくることを、最初から予期していたように思う。
 無表情が一番感情を表わしている人間は、「裏表のない人間」だという意識があったからだろう。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次