短編集24(過去作品)
そんなことを感じながら、私は店を出た。
表は街灯が明るく感じ、街灯に照らされた影が、自分の足を中心に放射状に広がっていた。いくつもの影が歩くたびに方向を変え、まるでタコの足のように蠢いているように感じる。
「おや?」
なぜ、街灯が明るく感じるのか最初は分からなかったが、よく見えると店に入るまであれだけクッキリと現われていた月が、今はもうすでに姿を消していた。雲の陰に隠れたのかとも思ったが、そういうわけでもない。明らかに消えてなくなっていた。
秋の空に鮮やかに浮かぶ、普段見ることのできないほどの大きな月。空を焦がすほどの存在感がまったくなくなってしまったことに、最初は気付かなかった。
――裏表のない人物のことを考えていたからだろう――
そう感じると、空に浮かんだ月まで裏表がないように感じてきた。
――薄っぺらさを感じるんだ――
と思いながら表に出たことで、私の意識が月を空から消してしまったのだろうか? その時の私はまるで夢を見ているかのように、潜在意識がいろいろなことを見せてくれているような気がしていたのだ。
その日のママの話も印象的だった。自分の考えていることがそのまま返事として返ってきたように思う。ママの考えていることが分かっていたのかも知れない。
そんな気持ちが私をまた翌日、スナック「トマト」に引き寄せる。
その日も空には大きな月が出ていて、帰りにまた消えているような気がして仕方がないので、しっかり目に焼き付けるようにしながら店へと急いでいた。すっかり目に焼きついた頃に店の明かりを確認し、暖かさを感じながら「トマト」へと入った。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
いつもの挨拶を済ませたが、何か違和感があるのを感じていた。
「何かを探しに入ったようだが?」
ママを見ながら呟いたが、ニコニコしながらママが私を見ている。ママの笑顔を初めて見たように思う。
――素敵な笑顔なんだ――
違和感を感じながらママの笑顔を見ていると忘れてしまいがちだったが、
「そういえば、幸一くんは?」
「幸一くん? 誰なんですか、その人は」
そういえば誰なのだろう? 私も名前を口にしてみたが、どんな人だったか忘れてしまた。そして、今日ここに座って、違和感があると思ったことも同時に忘れてしまったようである。
「私、誰かに嘘をついたような気がするの。でもね、その嘘を本当にするために、もう一度嘘をついたんだけど、結局、元には戻らなかったわ。鏡のようにはいかないわ」
ママはそれだけ言うと、悲しそうな顔になり、さらに続ける。
「嘘なんて結局、その人にしか分からないものなのよね。黙っていれば、誰にも分からないものかも知れないわ」
誰に言うともなく呟いていたが、どうやら、誰もいないカウンターの奥の席に話しかけている。そこにママが何を感じるのか、私には分からなかった……。
( 完 )
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次