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短編集24(過去作品)

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 聞かなければよかったと思った。聞いてしまったせいで余計に気になり、それが誰であるか確かめたくて仕方がなかった。瑞樹にとって私はいったい何なのか、それが知りたいと思う気持ちが強くなってくる。
 八重子さんにもその検討はつかないようだった。八重子さんは、私の友達である桑原康文の彼女になっていて、お互いの友達同士で恋愛しているのだ。それだけに私は八重子さんや桑原に相談することも多く、瑞樹も八重子さんに相談しているのではないかと思ったのだ。
 少し意外だった。元々恋人同士だったのは、桑原と八重子さんだったのだ。八重子さんが彼氏のいない瑞樹に誰かいないだろうかということで桑原に相談し、白羽の矢が当たったのが私だったというわけだ。今では私と瑞樹の方が親密になっていて、男同士や女同士の友情も忘れてしまったかのようになっていた。その関係に少し亀裂が入りかけている予感がある。私とすれば気が気でははない。恥をしのんで八重子さんに相談してみたのだ。
「とにかくあなたが自分で判断しないといけないことよね。私には彼女の心の奥まで見えないわ」
 と言った八重子さんだったが、それも当たり前である。自分の問題なのだから、私が判断しなければならないと言いたいのだろう。さすがにそこまで冷たい八重子さんを見たのは初めてで、今さらながら自分の置かれている立場に気がついた。
 しかし私はそれほど強い人間ではない。イザとなって瑞樹の前に出ると話ができなくなってしまうことは、分かっていたような気がする。今まで私のことをすべて分かってくれていると思っている瑞樹が相手である。すべてを見透かされているようで、何を言っても通じないかも知れない。
 私は他人から見ると分かりやすいタイプの人間らしい。高校時代から絶えず言われてきたことだ。それは相手が男であっても女であっても同じで、騙されやすいので気をつけるとも言われたことがあった。
 そういう意味でも毅然とした態度をとらなければならない。その場の感情に流されることだけは避けないと思っているのだが、そのため、なかなか本題に切り出すことができない。
――私は瑞樹を本当に好きなのだろうか?
 考えれば考えるほど分からなくなる時がある。確かに私のことを分かってくれて、尊敬してくれている。人間としての尊敬が、そのまま愛情に変わることもある。しかも尊敬がないと、長くは続かないだろう。尊敬とは相手に自分の気持ちをぶつけ、それが自分の納得いく形で返ってくることではなかろうか。そういう意味では、私は瑞樹を愛している。
 瑞樹は自分のことをよく話してくれる。他の人に話せないようなことでも、
「あなたにだったら話せるの」
 そういって真剣な顔をする。私を頼ってくれているのが分かるのだが、普段の瑞樹は仕事では数人の人間を使って仕事をしているキャリアウーマンである。資格も積極的に取得して学生時代、遊ぶ時間を勉強に当てていたとのこと。彼氏ができなかったのも時間がないのと、瑞樹に会う男がまわりにいなかったのかも知れない。
 ただのインテリでは瑞樹とは合わない・それは分かりきっている。自信家でもいいのだが、自惚れが強かったり、思いあがっていたりする人は嫌いなようだ。人間を見る目は肥えていると、自分でも言っていた。
 瑞樹に合う男は、少し自信家で彼女を「愛している」というよりも「大切に思う」という人なのだ。まるで私のような男、瑞樹を分かってくるにしたがって、そのことを感じてきた。
――瑞樹となら愛し合えるだろう――
 そう感じ始めた時が瑞樹には分かったみたいだ。それまで自分の話はしてくれるが、自分を出すことを控えていた瑞樹が、甘えるようになってきた。甘えん坊の女が一番嫌いな雰囲気のある女だったのが、急に変わったのだ。
 そこからが本当の付き合いだった。それまでに費やした交際期間が二年よ、実に長かったように思う。
 しかし付き合ってみれば最初から性格が分かっていたかのように違和感がない。お互いに気持ちが分かっていると思うのは、尊敬の念を持っているからだろう。恋愛も尊敬の念がないと、きっと薄っぺらいものになるに違いない。
 しかし、そんな瑞樹の上の空の態度は、私を不安にさせた。徐々に積み上げてきた気持ちは土台がしっかりしていて、なかなか揺らぐものではないはずだが、それだけにハッキリさせることはハッキリさせておかなければならない。
――他に好きな人がいるんだ――
 その気持ちが強くなってきた。私と一緒にいて今までは必ず話す時は私の目を見て話してくれる。しかし、最近は私の目を見ることもあまりなく、私の後ろにいる誰かを見ているような気がしてならないのだ。もし付き合っている女性に他に好きな人ができたとすれば、今までなら簡単に諦めていたかも知れない。しかし瑞樹は違うのだ。もし誰か他に好きな人ができたとしても、未練がましくしがみつこうとするかも知れない。
 そんな自分を想像するのもいやだった。しかし、後悔したくないのだ。簡単に諦めて後悔するくらいなら、未練がましくても諦めないでがんばる方を選ぶだろう。まだハッキリと決まったわけでもないのに、そこまで考えてしまう。
「瑞樹、君には誰か他に好きな男がいるのかい?」
 単刀直入に聞いてみた。顔を下に向けたまま上げようとしないのは認めているからだろうか。
 息遣いが聞こえてくる。私の胸の鼓動も最高潮に達していた。耳鳴りに乗って静かな部屋に規則的な胸の鼓動と瑞樹の息遣いだけが響いているように感じる。
――いきなりだったかな?
 無言の時間が規則的に刻まれていく。静寂がこれほど重たく湿気を帯びた空気を作るとは知らなかった。汗が額に滲んでいるのを感じる。あれだけ自分のことを話してくれた瑞樹はどこへ行ってしまったのだろう?
「そうね。いるのかも知れないわね」
 ゆっくりと瑞樹が顔を上げながら呟くように言葉を吐き捨てた。上目遣いで私の目を見つめているが、今までにないような妖艶な顔に見えるのが皮肉だった。
「中途半端な答えだな」
 それじゃあ分からないと言わんばかりに瑞樹を見つめる私は、精一杯の笑顔を作ったつもりだが、きっと釈然としない思いから苦虫を噛み潰したような表情になっていることだろう。
「中途半端……、そうかも知れないわ」
 瑞樹もよく分かっていないのかも知れない。瑞樹の言葉はどうにも反復しているだけで、ハッキリと要領を得ない。このまま続けていてもいいのかどうか、それも不安だった。
――今日は意を決して話にきたつもりだったが、肩透かしだったかな?
 そんな風に感じた時だった。瑞樹の様子がまたしても時計を気にし始めたのだ。
 私も瑞樹ほど露骨ではないが、時計を気にしている。
――それにしても……、まさか瑞樹は誰からの連絡でも待っているのだろうか?
 と思える素振りであった。「まさか」と感じたのは、実は私も待ち人がいるからだ。
「あなたは、私と別れようと思っているのかしら?」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって今日のあなた、怖そうな顔しているんですもの。甘えられる雰囲気じゃないわ」
「君は僕に甘えたいから僕と付き合っているのかい?」
「そうじゃないけど、寂しいのよ。そんな顔されると、つらいのよ」
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次