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短編集24(過去作品)

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 今まで甘えることはあっても、私と付き合い始めてから、「寂しい」、「つらい」などの言葉が瑞樹の口から出てきたことはない。私には信じられないことであり、きっと穴の空くほど驚いたような顔で瑞樹を見たかも知れない。
 まさに涙の訴えである。目には涙が溜まっていて、充血しているのか少し瞳を赤くしている。
「いいわよ、あなたが私を信じられないのなら、私だって……」
 そう言いながら、完全に泣き伏してしまった。明らかに最初から比べれば態度が一変していて、先の展開が読めない。今の瑞樹は開き直りに近い状態のようだ。
――これが女心というものか――
 今さらながらに思い知らされた。
 あまり私の前では、慌てふためくことのなかった瑞樹が先ほどの電話の罵声といい、今日の態度といい、完全に浮き足立っている。こんな瑞樹を今までには見たことがなく、どう対応していいか戸惑っている。
「私だって? 君も別れたいとでもいうのかい?」
「誰もそんなこと言ってないわ。私はあなたのハッキリしないところが嫌いなの」
 そこまで言うと瑞樹は黙り込んでしまった。
――ハッキリしないところ?
 瑞樹は私が何も言わなくとも、私のことが分かってくれていたではないか、それを今さらハッキリしないところと言われても……。
 考えてみたが、最初は分からなかった。私も少しいつもと違う精神状態で常軌を逸しているのかも知れない。
 私は時計を見た。そろそろ午後十時近くになろうとしていた。私も次第に苛ついてくる自分に気付いていた。
――一体どうしたんだ――
 この苛立ちは瑞樹に対してのものではない。まして自分に対してのものでもない。いわゆる待ち人が来ないことに苛立ちを覚えているのだ。
 その人物とは、他ならない友達の桑原である。
 あれは三日前だったと思う。最初に彼女の八重子さんに相談したのは、瑞樹の心の中にもし誰かいるのだったら、それを知りたいという思いからだった。それとなく聞いたつもりだったが、さすが女性の勘というのは鋭いもの、私の考えていることなどお見通しだった。
 しかし、さすがの瑞樹も核心に迫るところまでは、いくら親友といえども話をしておらず、瑞樹の中に誰かがいるということだけは女の勘で分かるということだけ、私に教えてくれた。実に中途半端である。確かに八重子さんのいうように私のことなので私の判断で解決しなければならないのだろうが、あまりにも中途半端で、この情報だけで決める勇気はさすがに私にはなかった。
 そこで考えたのが仲介役である。八重子さんにお願いできれば一番よかったのだが、八重子さんも自分のことは、結局自分でしか決められないという考えの持ち主であることから断念せざる終えない。それにイザとなって女性の立場から瑞樹の方の肩を一方的にもたれては私が困るとも考えられる。
 では、次に考えられるのは桑原であった。桑原という男、実は仲介役にはうってつけの人物かも知れない。桑原と私は学生時代の頃からの友達で、彼は私の性格も熟知していて、それで瑞樹を私に紹介してくれたのだ。
「お前は控えめなところがあるが、実直で女性にも優しく、何よりも相手の女性の身になって考えてあげられるやつだからな。安心なんだよ」
 と言ってくれた。それが瑞樹を紹介してくれる時のセリフだったのだ。
 自惚れかも知れないが、自分でもそれは感じていた。女性と付き合うということは相手を愛し、相手に愛されることだというのは当たり前で、それ以上に
――お互いに大切に思えること――
 これを心情だと思っている。
 しかも今から思えば桑原の分析はまんざらでもない。自分だけで聞けない性格、これは悪い意味での控えめな性格から来ているように思う。要するに勇気が欠けているのだ。
 控えめな性格、これは長所であり短所でもある。
「短所と長所は裏返しで、しかも紙一重なところにあるものだ」
 という言葉があるが、まさしくそのとおりである。
 控えめな性格というのは、なるほどいい意味に取られることが多いだろう。あまり余計なことを詮索したり、表に出してしまうと軽く見られることもあるだろうし、イザという時に信頼されない可能性がある。
――男は黙って実行する――
 というとカッコいいが、それが信頼関係を結ぶのだ。私と瑞樹の関係はそれに近かった。もちろんデートの時の楽しい時間に他愛もない会話をすることもあるが、それも場を盛り上げるため、余計なことを言うのとは意味が違う。要するに、言わずとも分かるようなことは言わなくてもいいと思っているのだろう。
 しかし、今考えると本当にそれでよかったのだろうか?
 不安になった時に言葉に出してほしいこともあるかも知れない。何でもいいから分かっていることでも言ってくれればそれだけで力強い味方になるのだ。そう考えると、長所であってもその裏返しに短所が潜んでいるといえるのではなかろうか。
「君はあまり瑞樹さんと会話していないだろう?」
「そうだな。彼女は僕のことをよく分かってくれているので、言わなくとも通じると思ってるからね」
 そういうと桑原は少し黙り込んでしまった。
「それが君のいいところなんだけど、話さないと気持ちのすれ違いに気付かないこともあるさ。せっかく口というものがあるんだから、いくら恋人同士でも気持ちが通じ合っていると思っていても、たまには確認することも必要だよ」
 桑原は実に冷静に私を諭してくれる。それでいて暖かさを感じるのは、私が人恋しいからなのだろう。
「そんなものかな?」
 言われてみれば考えたことがないわけではない。無意識に会話を避けていたのかも知れないと思った。
 優しい口調で話してくれる桑原は実に頼もしい限りだ。私が信頼してみたくなるのも無理のないことで、
「よし分かった。俺でよかったら仲介役を引き受けよう」
 と二つ返事で引き受けてくれて安心していた。私が部屋に入って二時間後くらいに現れるという約束を取り付け、私はその間に話をできればいいということだった。
 しかしさすがにイザとなると言葉が出てこない。照れもあるかも知れないが、それよりも理由はわざとらしいことが嫌いな私の性格にあるのだろう。普段話をしないのにあらたまって話をしようとして、相手に変な勘ぐりを入れられるのが嫌なのである。しかもしばらくすれば桑原が来てくれるじゃないか。それまでに話をこじらせてしまっては元も子もない。
 お互いに下を向いたままなかなかしゃべろうとしない重苦しい雰囲気の中、意を決してしゃべろうと頭を上げると、同じタイミングで頭を上げている相手と目が合ってしまう。お互いに気まずい雰囲気でまた頭を下げるが、そんな時に喜劇などでよく見るシーンを思い出してしまって、
――こんな時に馬鹿だな――
 と感じてしまう。
 営業同士のやりとりで、取引が成立しお互いに頭を下げているシーンがある。こちらが頭を上げると相手がまだ頭を下げた状態である。また頭を下げると、今度は相手が頭を上げる。私の姿を見て向こうもまた頭を下げる・・・・・・。これが永遠に繰り返されて見ているものの滑稽さを誘う。シーンは、まったく正反対だが、なぜかそのシーンが思い出されたのである。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次