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後ろに立つ者

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 という意味もあれば、
「ハッキリとまわりに付き合っていると言えるように、お互いで気持ちを共有していたい」
 という思いもあるだろう。
 信義の気持ちは後者だったのだが、和代は前者も考えていたようだ。
 それも後で聞いたことだが、
「彼女、前に付き合っていた人と、婚約寸前まで行ったらしいわよ」
 という話だった。
 そんな相手と別れて、それほど経ってもいないのに、今さら甘い恋愛から始めるということに違和感もあったのかも知れない。
 だが、まわりからは、
「まだ若いんだから、いくらでもやり直しができるわよ。これからいっぱい恋愛することね」
 和代本人は、母子家庭だったこともあって、母親に早く孫を見せてやりたいという気持ちがあった。
 いや、それよりも彼女の親が、
「早く結婚しなさい」
 と口が酸っぱくなるほど言っていた。その理由は、親戚がうるさいというのもあった。それも母子家庭の苦しい状態を、親戚に助けてもらった恩もあるので、親戚の忠告を無視することができないという事情もあったのだ。
 そんな中で、できた恋人が、三十過ぎの、しかも離婚経験のある男性では、母親が納得するはずもない。
 会社の同僚やまわりの人も結構巻き込んだことだろう。家庭内では、ある意味修羅場もあったようだ。だから完全に別れた後の和代に対して、まわりが信義を推したというのも分からなくはなかった。
 それに呼応するように、信義も一目惚れしてしまったのだ、
――環境が整った――
 と言ってもよかったのだろう。
 もっとも、信義が和代に一目惚れをしたのが、彼女の中にある理由の分かっていなかった、
――心の中の影――
 が関わっていたというのも、皮肉なことだった。

                   ◇

 信義と和代は、曖昧なうちにお互いに恋に堕ちていた。それは抜けることのない底なしの恋に思えたが、それは、喧嘩が絶えなかったことでも分かっていた。
 喧嘩の理由は、いつもバラバラで、ほとんどが大したことではなかった。
 お互いの性格も詳しく知らずに付き合い始めたのだ。無理もないことだろう。
 感情がすべてに優先し、付き合い始めたのだ。当然感情が表に出てきて、衝突は避けられない。
 それだけに、一日一日は長く感じられた。波乱万丈の日々だと思っていたからだ。
 だが、それが一週間、一か月という単位になると、あっという間だったような気がする。
 一週間前を思い出すよりも、一か月前のことの方が、まるで最近のように感じられるというのも不思議なものだった。
 逆に言うと、付き合って行く間に気持ちが徐々に深まっていくわけではなく、最初に一気に燃え上がった気持ちは、時には小康状態になったり、時には燃え上がった時の気持ちが再燃してしまう。時系列が一定していないのだ。
 もちろん、こんな付き合いは初めてだった。
 だが、学生時代には何人かの女性と付き合ったことがあったが、それも付き合ったと言えるような関係だったのは、一人か二人だったかも知れない。
 だから、付き合い始めて気持ちの紆余曲折が分からないのだ。すぐに別れてしまったのだから、正直喧嘩になったこともない。
 信義が交際を申し込んだわけではなく、
――気心が知れた相手――
 として自然に付き合い始めたことだった。
 きっと女性の方が、
――この人は何か違う――
 と思うのだろう。
――喧嘩するほど仲がいい――
 という言葉は知っていたが、喧嘩にならないのだから、しょうがない。喧嘩になるほど付き合ったことがないのだ。
 相手が喧嘩になることを嫌ったのか、相手の方から別れを切り出してくる。言葉にはしなかったが、
「綺麗なままで別れないと、泥沼に入ってしまうような気がするの」
 と、言いたかったのかも知れないと思った。
 もちろん、そこまで分かっていた人がどれほどいたかであるが、信義に対して、恋愛をするまでに別れを切り出した女性がたくさんいたというのは、紛れもない事実なのだ。
 和代と付き合い始めて、泥沼が初めて見えたような気がした。
 確かに喧嘩をしている時は、最初こそ、感情に任せて罵倒してしまうが、喧嘩中でも冷静さを取り戻すもので、
――仲直りしたい――
 と思っても、すでに自分だけではどうすることもできなくなっていた。
 和代が何を考えているか分からないだけに、こちらから謝ることもできない。謝ったとしても、和代が折れてくれる保証はどこにもなかった。
 相手の性格を分からずに付き合い始めたことが影響しているのかも知れない。和代もきっと、
――この人は私のことを理解していないんだわ――
 という思いがあるはずだ。
 そんな相手に謝られて、一旦振り上げた鉈を下ろすことができるだろうか。相手も収拾を考えていたのであればいいのだろうが、
――売り言葉に買い言葉――
 で始まった喧嘩は、意地のぶつかり合いでもあった。特に興奮してくると、自分の言っていることすら、理解できずに罵倒している相手には、何を言っても同じに思えた。
 ほとぼりが冷めるまで大人しくしていればいいのだろうが、信義には、そんな才覚があるわけではない。
 意地をぶつけ合っている間は、お互いに時間の感覚はなくなり、相手に対して気を遣うなどということは、皆無だった。それなのに、掴みあいの喧嘩にならなかったのは、無意識に気を遣っていたからなのかも知れない。
――前に付き合っていた男性が、和代と別れた原因が分かったような気がするな――
 その人の話を伝え来たところによると、普段はとても大人しい人のようだ。
「どこか、女性的なところがあるのよね」
 と言っていたが、和代のヒステリックな態度を見れば、かなり罵倒されていたに違いない。
 ヒステリックというのは、女性特有のものだ。男性であれば、いくら相手に文句があったとしても、それ以上のことは口にしないという境界線をしっかりと持っている。しかし、和代にはそれがないのだ。
 信義は、そんな和代に対して、正面で受け止めた罵声に対して、自分も言い返している。もちろん、和代も意地になってさらに罵声を浴びせてくるが、お互いに言い合いをしている分、疲れはするが、ストレスの解消にもなるのだ。
 だが、その人は、他の人の話を聞いていれば、言い返すことのできない人のようだ。罵声を甘んじて受け止めたとしても、それを返さないと、罵声を浴びせる方もストレス解消どころか、罵声が止まる時には。消化不良になっていることだろう。
 しかも、女性的なところがあると聞いたので、たぶん、自分の考えていることを、相手に明かすことはない。
「女性はある程度までは我慢するが、限界を超えると、絶対に心を再度開くことをしないものだ」
 という話を聞いたことがあった。
 心を開かないと、口も開かない。そんな相手にいくら罵声を浴びせても同じだった。和代の気付かないうちに、彼は次第に遠ざかって行ったのだろう。そんな遠ざかっていく相手に対しては、後ろ姿しか見えていないはずだ。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次